第6話 ななつ星②

「ありがとうございます」


砂漠でオアシスに出会ったような気分で、中へと進む。

周囲を見回すと、今の時間、たまたまなのか他にお客はいないらしく、店内は静かだ。

奥のカウンター席に収まると、やっと少し気が緩んだ。


はあ、と安堵の吐息がこぼれる。


「お客さん――大丈夫ですか?」

「えっ」

「なんだか顔色が良くない」

「そ、そうですか?」


いきなり具合が悪いことを見抜かれて驚いた。

改めて相手を見直すと何やら眉間にしわを寄せ、ジッと尊の方を窺っている。

目力の強さが印象的な男だった。


「良かったら、こちらのおすすめで一杯飲みませんか」

「おすすめ?」

「はい。うちではその人に合わせたオーダーメイドのカクテルを作っているんです。今回は、体調の悪そうな貴方のために特別な物をご用意しますよ」

「!」


ありがたい申し出だったが、今、酒が飲めるとは思えず、尊は返事に困った。


「日本酒をベースにお作りしますが、それほど体に負担はないと思いますよ。お口に合わなければ代わりの物をお出ししますし、軽い食前酒と思って試してみてください」


具合の悪い自分でもそれなら飲めそうな気がしたくらいで、断る理由が無くなってしまった。仕事として同じように接客もやっている身としては、その勧め方に少し感心してしまう。


「じゃあそれをお願いしようかな」

「承知しました」


素直に誘いにのると、男は穏やかに微笑んだ。


(バーテンダーって、こんなに人の体調とか気にするものなのかな?)


「お客様それぞれに見合ったモノを用意するのがウチのモットーですので。…では少々お待ちください」


そんな言葉をかけられドキッとする。

顔色だけでなく、こちらの心の中まで見透かされたような気がした。


カラン、と涼しげな音が響く。

ウィスキー用のカットグラスに氷が入った。


小さなメジャーカップで日本酒と梅酒、それにプラスしてリキュールのような物を計量してシェイカーに入れ、そして氷を縁まで詰めると、蓋をしてシェイクし始めた。

流れるような動作で、手首のスナップを効かせて素早くシェイカーを振る。

冷やすためにグラスの中に入れてあった氷を捨て、その縁を日本酒で濡らすと、広げた塩の上で縁を転がし、スノースタイルという状態を作った。新しい氷が入れられたそのグラスに、ゆっくりとシェイカーの中身を注ぐ。


シェイカーを振る動きも、酒を注ぐ仕草も、音色まで全て、淀みがなく綺麗で。バーテンダーの仕事ぶりを初めて目の前で見た尊は、思わず見惚れてしまっていた。

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