第5話 ななつ星①
狭い路地の先に、夜空を照らす小さな星のような明かりが見えてくる。そこは五所神社に近く、店から駅までのいつも通るルートからは一本外れた道筋にあった。
燈火に吸い寄せられる羽虫のように、尊はその明かりに向かってふらふらと進む。
目の前に現れたのは、昭和初期のような古めかしい外観の建物で、堅牢そうなコンクリート造り。いくつかある一階の小さな窓には黒い鉄格子が嵌っている。
正面の扉だけは新しそうで、黒塗りのモダンな木製ドアが設えられていた。
入口脇に置かれた小ぶりな和風ランプに、『ななつ星』と店名があった。それがなければ、店であるとは一瞬分からない。
そっけない雰囲気で何となく入るのに勇気がいる感じなのに、何故か惹きつけられた。
(まあ、他に行くあてもないし)
ゆっくりとドアノブに手をかける。
――中はちょっとした異空間だった。
突き当りの壁を彩る日本画が、尊の目に飛び込んで来た。
大きな松の古木の上に、色とりどりの牡丹や菊の花が鮮やかに描かれている。
モダンで、大胆な構図だ。少し暗めな店内の間接照明に浮かび上がり、美しい色彩を放っている。
シンプルで地味な外観に反して、中はとても華やかなことに驚いた。
梁や柱、家具は濃い臙脂色に統一されていて、店内に落ち着きを与えている。
「いらっしゃいませ」
尊が店内の様子に心を奪われていると、奥から声をかけられた。
「おひとりでしたら、カウンターへどうぞ」
低音の落ち着いた声は、カウンターの向こうから聞こえてくる。
白シャツに黒ネクタイ、黒のベストとギャルソンエプロンという姿。二十代後半位。バーテンダーだろうか。佇まいの美しさがそう思わせた。
ピンと伸びた背筋と肩幅のある体躯。尊より十㎝ほど上に目線があって、背も高い。
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