第3話 非日常の日常③

鎌倉では古い霊が多くそこかしこに視えるので、少々鈍感になりつつあったが、怖いものは怖い。尊はそんなに肝が据わったタイプではなかった。どうせ視える能力をくれるならお祓いなんかも出来る能力とセットで装備してくれたら良かったのにと、何度神様を恨めしく思ったか分からない。


とりあえず身につけた対処法としては「とにかくガン無視すること」だ。

めちゃくちゃ消極的な行動だが、これが一番大事だと悟った。

視線を合わせてはいけない。視えていると知られてはいけない。

まるで山中で熊に出会った時のようだが、それが尊にできる最善の対応策だった。


「視えている」と分かると、ソレは――


「すみません、お願いします」

母親が、選んだパンを乗せたトレイを差し出す。

いつの間にかレジ前に来ていた。

「は、はい」

どくん、と心臓が強く脈打つ。

見てはいけないと思えば思うほど、ついつい視線がそちらに泳ぎそうになる。

いつものようにパンを紙袋に入れ、レジを打つ。

子供は泣き止まない。

不安げな泣き声は強くなる一方だ。

「うるさくて、すみません」

母親が申し訳なさそうに頭を下げる。

いえ、と尊も小さく会釈した。


この子はずっとこう、なんだろうな。

『コレ』が傍にいる限り。

ふと、そう思った。

釣銭をそろえる手の動きが鈍る。


怖くて、不安で、それを分かって欲しくて、小さな体で精一杯訴えている――


「あの」

尊は釣銭を手渡しながら、レジ横にあった店のチラシに手を伸ばした。

「うちの店は初めてですよね。良かったらこれ、サービス日のお知らせです」

「あら、ありがとうございます」

何気ない会話を装い、チラシを渡し――そして、視線を合わせた。


母親の隣にいる『女』に。


乱れた長い髪の向こうの黒い眼窩が、ひたり、とこちらを見つめ返してくるような気配があった。


ぞわりと産毛が逆立つような感覚に包まれる。

冷たい汗が、掌に滲む。

瞳を逸らすなと必死に自分に言い聞かせた。

分かっているぞ、と強い意思を込めてソレを見つめる。


(――こっちへ来い)


ただ一心に、そう念じた。

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