午前0時のバーテンダー

草陰の射手

第1話 非日常の日常①

――それは、いつもと同じ日常の風景。

事件は、とあるお客の来店から始まった。


鎌倉の由比ガ浜近く。老舗のパティスリー『プチ・エトワール』に来客を告げるドアベルの音が響いた。

「いらっしゃいませ」

パティシエ見習いの櫻井 みことは、いつものように明るく声をかけた。


お客はまだ小さな赤ん坊を抱きかかえた若い母親だ。

ケーキ用の冷蔵ケースの方ではなく、棚に乗せられたカゴの中の様々なパンを物色しながら他の客と同じように店内を歩いていく。

それだけなら何の問題もない、いつもの光景だった。


突然、子供の泣き声が響いた。

「ああ、はいはい…もう、やっと寝たと思ったのに」

母親がよしよしと宥めているが一向に落ち着く気配はない。


(随分、必死な泣き方だなぁ)


火が付いたような、とは子供の泣き声の表現のひとつだが、本当にそんな感じの泣き方だ。その声に何かを感じて、尊はもう一度そちらへ視線を送る。


泣き出す赤ん坊。

またかというような表情を見せる母親。


それも、よくある日常の一コマだろう。


だが尊には、非日常的なモノが視えてしまっていた。

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