カカシ

仁城 琳

1話

夜道を走る。普段混雑する道路もさすがにこの時間になるとほとんど車は走っていない。貸切のような状態に男は上機嫌で自然とスピードが上がる。車内に流れる音楽に合わせ歌い出した男の視界の端に人影が映る。思わず隣の車線に大幅にはみ出す。危ない。昼間だったら事故でも起こしていたかもしれない。しかしこんな時間に出歩く人がいるのか。散歩か?スピードを落としちらりと振り向く。

「…なんだ、カカシか。」

よく見ると周囲は畑でカカシがぽつんと立っているだけだった。暗いので完全に人と見間違えた様だ。車が少ないとはいえ全く走っていないという訳では無い。気を付けて走るか。男は再びアクセルを踏む。

しばらく走った頃。また人影が見える。今度こそ夜中に散歩する人かと思うがよく見るとまたカカシだ。この辺りはそんなに畑だらけだったかと周りを見るが今度は畑がない。なんでもない道にぽつんとカカシだけが立っている。妙な違和感を覚えながらも男は車を走らせる。

またしばらく車を走らせる。と、カカシだ。また何も無い場所にカカシが立っている。

「おいおい、やめてくれよ。俺は案外怖がりなんだ。」

一人きりの車内に声が響く。声に出すと何かおかしなことが起こってる、そんな気持ちが強くなる。男は舌打ちして車を走らせる。

音楽のボリュームを上げ、男はアクセルを踏む。気のせいだ、これは気のせい。たまたまカカシが多い場所なんだ。そんな事を考えながら車を走らせていると…カカシだ。ここで男はあることに気付いてしまう。

「…ひっ。」

カカシに着せられた服。今まで目の前で現れたカカシは全て同じ服を着ていないか?カカシが多い場所だとして全て同じ服なんてことあるのだろうか。あまりの不気味さに男は思いっきりアクセルを踏みスピードを出して走り始める。一刻も早く家に帰りたい。

法定速度はとうに超えている。ここまで来るまでにも何度もカカシを見た。それに現れる間隔が短くなっているような…。カカシが、付いてきている。ありえない想像だが現実だ明らかにカカシは男の車に付いてきている。もしかしてやはり人間、とも考えてみたが車のスピードに追いつくことが出来る人間などいるだろうか。そして更に最悪なことには正常に作動していたはずのカーナビが使い物にならなくなった。ここはどこなのだろうか。車を停めてしまいたいが、止まるとカカシに何をされるか分からない。男は完全に恐怖に支配されていた。カカシに追いつかれまいとスピードを出してどこかも分からない道を走る。早く、早く家に帰りたい。どうして俺なんだ。

気付くと細い道に入っていた。右側は山肌が見えており、対向することも難しそうだ。そういえばしばらく他の車を見ていない。一人で運転していることが怖い。自分は何かおかしな世界に連れてこられてしまったのではないか。視界の端にまたカカシが映る。気味が悪い。怖い。他の車が見たい。

と、突然道の真ん中にカカシが現れた。

「うわ!!」

カカシだとは分かっているが人の形をしたものの出現に男は咄嗟に慌ててハンドルを切る。山肌にぶつからないよう左側に。

「あ…。」

スピードを出していたこともあり、車はガードレールを突き破り、そのまま崖下に落ちていく。

突き破られたガードレールの傍には一体のカカシが立っていた。

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