アルス

津山軽 形

第1章 1-1 プロローグ

初夏の陽光がきらめく木立を、縫うようにして進む一団があった。

その一団の大半の者の顔には疲れの色がにじんでいたが、先頭を行く少年の顔には笑みが満ち溢れていた。その一団が、ある村に差し掛かると、少年は勢いよく飛び出した。村の入り口に老人がいたのだ。

「すみません‼『鬼の息吹』を書いた方はどなたですか?」

「鬼のいぶきぃ?」

老人は怪訝そうな顔で応じた。

「そんなものは知らん。」

少年は懐からぼろぼろな本を取り出して、続けて言った。

「この本です‼この童話を書いた作家を探しています。」

「ああ。それか。それねぇ。それならあそこだよ。」

老人はさも汚いものを見るかのように、村の隅にある小さな小屋を指さしてこう言った。

「物好きがいたもんだ。あんな汚らわしい女の書いた、汚らわしい本をもっているとは。」

少年はその言葉を聞いたか、聞いてないか、老人がその言葉を話し終えるか終えないかでその小屋へと走った。

 その小屋には、扉がなく、ほの暗かった。その暗がりには窓が一つだけあり、そこから陽光がゆらめきながらさしていた。その光で少年は、小屋の中にひとりの少女がいることを確認できた。その少女は入り口付近の少年に気づき、怪訝そうな顔で見つめているようだった。少年はその少女をはっきりと確認すると、明瞭な、まるで水晶のような透明さを持った言葉でこう言った。

「君の文章は美しい。」

その言葉を聴くと、少女は怪訝さが浄化されたかのごとく、ハッとし、目を見開き、少年を見つめた。

数分はたっただろう。

少女は、いつの間にか涙を流していることに気づいた。少年はそっと手を差し出した。

「僕と一緒に行こう。」

 少女はその手を取り、半歩ずつ、暗がりから、陽光の中へと進んでいった。少女の顔にもかすかに笑みがこぼれていた。

少年の名は「アマンド」。この物語の主人公である。

 彼の目に光が宿ったのは、ほんの最近のこと・・・。

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