告発

萌香

遺書

「えー、読みます。随分長そうですが…


遺書  2xxx年7月14日 Rainbow Prince 立石颯


本当に今まで応援ありがとう。妖精、メンバー、そして何よりファンのみんなのおかげで、僕はこの12年間Rainbow Princeのメンバーとして一生懸命に駆け抜けることが出来ました。書きたいことは山ほどあるので、思い出話などは別枠でブログに上げておきます。これから僕が書くことは、所属事務所OTOGIに関する告発及び全国民への警告です。


例の薬、アドレスプリング09の件ですが、僕達が飲まされていることは事実です。知らぬ間に飲食物に混入されているのだから仕方ありません。全員が同じ年で止まるわけではないので、妖精はタイミングを見計らっているのでしょう。大事なのは自分でこの外見で止まりたいと思い服用しているわけではないということです。また用法用量を間違えたり突然服用をやめたりするとショック反応で息絶えてしまうので、そのあたりは妖精が専門の医師でも雇っているんだと思います。僕は数日前から自室に引きこもって一切の食事を拒否しています。


僕達は、一度OTOGIに入るとしばらくは出られない存在です。事務所内で美しい仲間たちと共に暮らし、人生をかけて長い長い青春を作り上げています。歌って踊ることだけがアイドルの全てではないからです。同じメンバーが、同じ顔同じ姿でそこに居続けていること、その安定性と、止まった時間の輪廻、そこから紡がれるグループとしての物語。小説にのめり込むような感覚でOTOGIの世界観に深く魅了されている方が多いと思います。そしてそれは妖精の狙いであり、僕達の存在意義でもある。この歴史を壊すことには少々心が痛みますが、これはOTOGIに所属するアイドル全員のためだけでなく、全ての人のためです。このまま夢を見続けるつもりなのかと聞きたいのです。妖精がOTOGIを支配しているのは、まだほんの序章なのではないかと僕は考えています。


この薬が流行ったのはもう数十年前で、当時は信じられないほど売れに売れ、若い外見の人で街中が溢れかえったそうです。でもきちんと服用し続けないといけなかったり、もうやめようと思ったとしても年を重ねる恐怖で薬をやめられなかったり、大衆が使うには色々と難しい薬でした。そのうちショック死する人も多く出てきて、政府は一般向けにこの薬を販売することを禁止しました。しかし、何があったのか知りませんが、OTOGIだけにはこの薬の使用が認められたのです。表向きはこれ以上ないほどにきらびやかな世界ですから、誰もOTOGIだけが認められるのはおかしいと思わなかったんでしょうね。まあそれ以上に大衆はもう薬に疲れ切っていたのかもしれません。OTOGIは公式ホームページで、次のように書いています。


『OTOGI所属アイドルの、アドレスプリング09服用について


当事務所では日本で唯一アドレスプリング09の使用が認められています。これはアイドルという仕事を何年もこなしていく彼ら、彼女らを助けてくれる大きな存在であると認知しております。しかし、我々はあくまで個人の考えを尊重し、服用については一切の強要をいたしませんことを固く誓います。…』


知らぬ間に自分が年を取らなくなるというのはかなり奇妙な体験で、僕自身最初の3年ほどは気が付きませんでした。自分が実際何歳で止まったのか、それも分かりません。とにかく実年齢である30歳ではない。強引なことはされていません。椅子に身体を固定され腕を雁字搦めにされて、無理やり飲み込まされたなんてことではない。でも、僕達の意思は全く聞かれることなく、いつの間にか、OTOGIにいるだけで時が止まるのです。妖精は非常に狡猾であると思います。僕達の一体どの年齢のビジュアルが一番素晴らしいかをよく分かっていて、人をぐっと惹きつけるそのタイミングで止めてしまう。一番の稼ぎ時を維持するのです。妖精の予想には一ミリの狂いもありません。技術は進歩し、僕達は到底彼らには勝てないどころか劣っています。そして、分かりきっている通り、妖精の目的が金であるわけがないのです。なぜ僕達の時を止めてまで人を惹きつけておこうとするのか。


実在する形を信仰するのはとても大きなリスクです。どうして神が生まれたのでしょう。それは、神が僕達の目には見えないからです。物理的に誰もが目視できるような存在ではないからです。人は常にそこに可能性を見出してきました。可能性というのはとても大事な言葉で、このおかげで人はどんなに困難な状況でも心を壊さずに耐えていられるのだと言っても過言ではないと思います。言い換えてしまえば、神は裏切らない存在です。常にこちらが信じ続けるだけで僕達は救われるのです。そして、神は永遠にいなくならない。天地が創造されたときから今まで、そしてこれから先も、ずっと居続けます。


OTOGIが薬を用いてアイドルを売るようになってから、人々はどんどん僕達に依存しています。僕達はいわば、誰もが目視できる、永遠に進まない存在になっています。「推し」という言葉はこの長い年月を経て過度に重みを含んでいる。信仰といったほうが適切な表現でしょう。多くの人は僕達を崇め、心の拠り所として毎日を生き抜いています。ただ、僕達は神とは違って本当にこの世界に実在してしまっている。しばらくは同じ姿で居続けますが、いつかはいなくなるんです。それがOTOGIを出るときならまだいいでしょう。グループが解散する5年前にはその旨が公表されますから、最初の1年は悲しみに暮れたとしても、ゆっくりその気持ちを消化していけるだけの時間が十分に与えられています。でも、そうでない場合はどうでしょうか。皆さんは鮮明に覚えているはずです。僕の大先輩である築山勇斗さんの6年前の衝撃を。


あれは明らかに事故ではありません。OTOGIの中にいて、不慮の事故なんて起こり得ないのです。妖精は常に僕達を見ています。僕達を安全なシェルターの中で美しく保ち続けることに全力を注ぐ彼らが、絶大な人気を誇っていた勇斗先輩を見逃すわけがないのです。僕は、妖精が意図的に先輩を殺したのだろうと思っています。彼の人気がないからではなく、彼の人気が最高潮だったからです。OTOGIを創立したときからそのつもりだったのでしょうが、すぐに実行しても大きな効果は得られないため、それまでは無事にアイドルを終えた先輩方を送り出していた。そして、6年前、実験的な意味でようやく動き出したのです。


多くのファンが次々と命を落としました。社会現象になりましたよね、連日ウイルスの感染者を発表するようにその日亡くなったファンの人数が報道されました。それに誘発されて、一部のなんの関係もない人たちまで、誘われるようにふらっといってしまうこともありました。自然災害が起きたのかというレベルの混乱が日本中を包み込み、なんとか生き延びたごく少数のファンも、年々減ってきています。誰も止めることは出来ませんでしたし、止める理由もありませんでした。中心的存在を失った人の気持ちになれば、誰もが唇を噛み締め、ただ諦めたように悲しい表情をしました。


あれから事故は起こっていません。実験は1回で十分だったのでしょう。妖精はあの混沌を見て、ますます僕達のプロデュースに力を入れています。必ずいつか、彼らが僕達を一人残らず殺す時がやってきます。彼らの目的は、日本中全ての人を、この社会を消し、人に一切邪魔されない自分たちだけの社会をつくることです。まさかAIの開発者は遠い未来がこんなことになっているなんて思いもしなかったでしょうね。


僕のOTOGIに関する告発はここまでです。ファンのみんながこのブログを読むときには、僕はもう既に息絶えていると思います。ここでまた混乱を引き起こしてしまうことを深くお詫びします。報道関係の皆様へ、あなたたちの妖精に見つかる前に、速やかにこの内容を報道してください。妖精がどれくらいの規模で連携を測っているかが分かりません。…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る