第8話 次の目標へ

 売れ残りたちのギルド「木のさかずき」の活動開始。

 無茶なことはせずに身の丈に合った冒険をしよう。


「目下のところ、近場の『雨垂れの渓谷』を攻略しようと思うのだがどうだろうか?」

「いいと思うぜ」

「はいぃ、頑張るですぅ」

 なんとなくだが、ニコラスが何をするか道筋を提示して他二人が付いていくという流れが作られつつあった。

 目標に据えられた「雨垂れの渓谷」は始まりの草原にある二つ目のダンジョン。前回挑戦した「平原の横穴」と残りの一つ「蔦絡みの塔」を加えた三つのダンジョンを擁している始まりの草原全体がプレイヤーがゲームに慣れる為のマップなのだから、その難易度が高過ぎることは無いだろう。

 既に平原の横穴を攻略した我ら「木の杯」にとって心配など無いに等しい。

 俺たちは意気揚々と歩みを進めていく。



 しかし、その調子を狂わせるのはチャミィの存在だった。

「食らうですぅ!」

 チャミィは槍を振りかぶり、狼型のザコ敵「ベージウルフ」へ投擲する。

 現在、このパーティの火力の基準になるのはニコラスの炎魔法。これはベージウルフ相手に平均19程度のダメージを与え、一撃で倒せる。

 一方、チャミィはというと、


 108!


 もはや敵が可哀想なレベルの超過ダメージ。これはチャミィの装備している武器がおかしいのだ。


 その槍の名は「ダンダンニル」。かの有名な槍グングニルのパチモン武器だ。

 攻撃力は俺の装備している銃の約十倍の200。ゲームの進行度に対してバランスを崩しかねない数値だ。

 だが、美味い話には裏がある。

 ダンダンニルには「自分の行動開始時に攻撃力が十分の一になる」という制約が課せられている。これにより一番最初の行動時点で攻撃力は20とちょっと強い程度。それ以降は木の枝の方がマシに思えるくらいに下がり続ける。「だんだん似る」なんて名前の割にグングニルからはどんどんかけ離れていく。なんの冗談だ。


 長々とダンダンニルのデメリットを語ったが、チャミィの固有スキル「不器用」によってメリット諸共無効化されてしまう。

 つまりダンダンニルはただの攻撃力200の槍。もはやグングニルと呼んで差し支えない代物に昇華されていた。



 これがチャミィの

 上振れがあれば下振れもある。



 鮮やかに敵を撃破せしめたチャミィはもう一体のベージウルフに照準を定めると後方へ跳躍し、空中で使用武器を切り替えて弓を構え──

「はれっ?」

 チャミィが構えたのは大剣デュラングル。そのまま振り下ろすも無駄な跳躍によりベージウルフの遥か手前で空振り。剣先が地面に突き刺さると反動でチャミィの小さな体は前方へ投げ出され、地面に背中から叩きつけられる。

「えほっ、げほっ」

 衝撃で動けないチャミィの眼前に不穏な影。

 ベージウルフにとってはもはや据え膳。目の前には「どうぞ攻撃してください」と言わんばかりに大の字でチャミィが寝転がっているのだから。

「きゃあああああ!!!」

 お手本のような悲鳴を上げ、手足をバタつかせて四つん這いのまま逃げるチャミィの進路上に立ちはだかるデュラングル。

「へぐっ!」

 ゴチンと芸術的に綺麗な音を立ててチャミィはノックアウト。

 残ったベージウルフはニコラスが撃破したものの、チャミィはしばらく動けなかった。

 固有スキル「不器用」による武器熟練度Fランク苦手の影響なのか、チャミィの操作がおぼつかない所為なのかわからないが、唯一の前衛が抱えるこのは大きな悩みの種だった。



 しばらく歩くと周囲のモンスターの様子が変わったのを感じた。

 これまで撃破してきたようなモンスターの中に見覚えの無いモンスターが混ざり始めていたのだ。

 これは出現するモンスターのランクが一段階上がり手強くなるという事。この手の切り替わりで場違いな強さの敵が出るようになり、全滅を喫するというのはよくある事。気を引き締めて進まなければ。



 その矢先、


「いやあああああ!!!」


 何処からか悲鳴が聞こえた。

 立ち止まって周囲を見渡していると、前方から誰かが走って来た。

 ウェーブがかった綺麗な金髪。一際輝く黄金のティアラ。肩を露出した美しい桃色のドレス。裾から覗く明らかに走りにくそうな宝石が光っているピンクのハイヒール。

 フィクション世界でよく見るお姫様が何かから逃げるようにこちらへ向かって駆けて来る。

「きゃあ!」

 案の定というか、お約束というか、お姫様は転んでしまう。

 その後ろから彼女を脅かすものが姿を現す。

 亜人型のザコ敵「ゴブリン」だ。

 石斧を手に迫る緑色の小鬼と転んで逃げられないお姫様。まさに様式美と言える光景だ。


 それはそれとして、このマップで危機に瀕している人物なんて間違いなく初心者プレイヤーだろう。

 幸いにも俺たちは人を助ける余裕があるくらいの強さはある。

 俺は二人に一言「行くぞ」と声をかけて走り出す。

 地面を這いずって逃げるお姫様の必死の抵抗によりゴブリンは怯んで石斧を取り落とした。

 少し距離があったが、お姫様の頑張りもありゴブリンが石斧を拾い上げると同時にお姫様の元に辿り着いた。

 ゴブリンが石斧を振り上げると俺はお姫様を抱き上げて庇い、背中で攻撃を受ける。

 どんな至近距離でも跳弾無しでは攻撃を当てられない俺に出来るのはこの程度だ。

 幸いにもゴブリンの強さは大した事はなく、追い付いたチャミィのデュラングルによりぶっ飛ばされた。



 脅威も去り、抱き上げていたお姫様を地面に下ろす。

「あのモンスターは一人で挑むには手強かっただろう。無事でよかった」

 ニコラスはお姫様に優しい言葉をかけながら回復魔法でゴブリンとの戦いで負ったであろうダメージを癒してやる。

「お姉さんがけちょんけちょんにしてやったから安心するですぅ」

 お姫様にとっての脅威を取り除いてくれたチャミィはお姉さんかぜを吹かせて胸をドンと叩こうとしたが巨大な胸に遮られ、反動で尻餅をついた。

 お姫様は頼もしい?二人の姿に安心したのか目に涙を浮かべ、


「うぁああああ、王子様あああ!!!」


 俺に抱きついてきた。

 西部劇風の格好をしているのに王子様呼ばわり。

 これはかなり厄介な拾い物をしたかもしれない。

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