第20話 星図盤
放課後、一年の時と変わらず部室に行った。変化があったとしたら、部室の扉を開けると、その中に学校一の美少女がいること、ぐらいだろうか。
「遅いわ」
先に教室を出て行っていたヨナが言う。いつもと変わらず無表情だが、少し不機嫌そうだった。そういえば、天体研究部顧問の森下先生が、部員が増えたことが嬉しくて、他クラスの生徒や他学年にもヨナが天体研究部に入ったことを広めていたらしいが、この部は大丈夫だろうか……。そんなことを思いながら部屋の扉を閉め、ソファーに荷物を置きに行った。
「ここに来るまでに他の生徒からチラチラと見られたわ。私、なにか変かしら?」
ヨナが自分の姿を確認するようにその場でクルリと回る。それだけで部屋の空気が変わったように感じるのは、あまりにも絵になるからだ。ヨナは心の底から不思議だとでもいうような表情で「どう?」と俺に聞いてくる。
「変じゃないよ……」
「そう? じゃあ、どうしてかしら」
ヨナが不思議そうに首を傾げる。その可愛らしい仕草にため息をつきそうになって、ふとヨナの頭上を見た。
天上に張られた星図盤が剥がれ落ちようとしている。いまはもう卒業してしまった先輩たちが面白半分で貼り付けたものだが、ついにテープの粘着力が切れたようだ。
「ヨナ‼」
「え?」
落ちてくる星図盤からヨナを逃がそうと手を伸ばしたが、咄嗟のことに足がもつれ、そのままヨナを押し倒した。星図盤がバサリと音を立てて俺の背中に落ちる。
「……痛いわ」
俺が押し倒したヨナが、とても不機嫌そうに言った。その顔の近さにドキリとする。よく考えれば星図盤は紙で出来ているのだからそんなに危険なものなわけでもなく、俺がヨナを庇う必要はなかったし、押し倒す必要なんてまったくなかった。でも、おそらく埃まみれであろうものが女の子に降ってきているという状況を、ただ立って見ているわけにもいかなかったわけで、その女の子がヨナだと思ったら咄嗟に身体が動いてしまったわけで……。
「ご、ごめっ——」
慌てて起き上がろうとしたその時、ガラリと勢いよく扉が開く音がした。
「……かん……なぎ?」
扉を開けて立っていたのは美玲だ。美玲は大きく目を見開いて俺たちを凝視したかと思うと、すぐにその場から走り去ってしまった。なぜ、美玲が部室に?
「ねえ、なんか知らない子とすれ違った……なにしてんの?」
現れたのは樒だった。俺たちの姿を見て、怪訝そうな表情を浮かべている。咄嗟に起き上がり、ヨナから離れた。
「夜太郎に押し倒されたわ」
「え?」
「誤解だ‼」
思わず大声を上げる。樒は俺たちの傍らに落ちている星図盤を見て状況を理解したのか「ああ……」と呟く。
「それ、貼り直すの?」
「いや……危ないからもう貼らない……」
樒が落ちている星図盤を拾い上げ、クルクルと巻くと、部屋の隅に置いてくれた。座り込んでいたヨナが立ち上がり、俺もそれに釣られて立ち上がる。
「ああ、それで、さっき知らない子とすれ違ったけど、新入部員だったりする?」
「え? ああ……」
そうだ、美玲。美玲はなぜ部室にやって来たのだろう。ていうか、大変な状況を見られたのでは?
「……クラスメイト。なんで来たのかは知らない」
「友達?」
「えっと……」
「ない」
唐突に聞こえた声に樒と俺が二人そろってヨナを見る。ない?
「……」
「何がないの?」
口元を抑え、自分で信じられないという表情を浮かべているヨナに樒が問いかける。なぜ、当の本人が一番驚いているんだ。
「……聖星石の欠片が……ない……」
「え」
ちょっと待て。聖星石の欠片?
「それって、私が持ってて化け物に襲われた欠片のこと?」
「今日、たまたま学校の中庭で見つけたのよ。だから、ポケットに入れて持っていたの」
「ま、待て待て待て待て!」
思わず声を上げる。
「なくしたの⁈」
「……教室で夜太郎に呑ませるわけにもいかないでしょう。部室で渡そうと思っていたの。いま、ポケットを探ってみたら、ないわ」
ないわ、じゃない。聖星石は空に浮かぶ星の半身でそのもので、とても大切なもので、それのせいで俺は夜な夜な化け物に襲われているんだよな?
「さっきので部屋の中に落としたんじゃないの?」
「それなら夜太郎が光ってるはずだわ」
部屋の中を見回しても聖星石の欠片は落ちていない。俺の身体も光っていない。
「え、ちょっと待って。もし、ヨナが落とした欠片が学校の廊下とかに落ちてたとして、それに近づいた瞬間、俺の身体発光するってこと?」
「ええ。探しに行くわよ、夜太郎」
ヨナが俺の腕を掴み、部屋を出て行こうとする。
「いやいやいや‼ 校内で光ったら問題あるだろ‼」
「どうして? 光ってくれた方が見つけやすいじゃない」
「さすがに同じ部活の同級生が学校で発光するのは嫌だよ、ヨナ……」
樒がヨナを止め、ヨナが「どうして?」と首を傾げる。他の生徒の前で俺の身体が光り輝いて見ろ。大騒ぎどころの話じゃないぞ。
「私が探すよ。玉野は部屋にいて」
樒が「行こ」と言ってヨナを連れて部屋を出て行く。ヨナが部屋を出て行く寸前に、不思議でたまらないという表情で俺を見たが、そのまま樒に連れられて出て行った。ホッと胸を撫でおろす。樒のおかげで、校内発光という事態は避けられそうだ。
……いや。欠片が見つからなかったら、避けられないかも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます