愛願動物

笛希 真

学校1


 夏休み明けというのは、どうしたって教室内が騒がしくなるものである。

 級友とおよそ一ヶ月半振りに顔を合わせるのだ。夏休み中になにをしていたかを尋ねたり、日焼け自慢をしている内に会話が盛り上がり、声のボリュームの調整が緩んでしまうのは仕方のないことだといえるだろう。


 陽太ようたの通う小学校も同様で、二学期の始めはどこのクラスもざわめきたっていた。もちろん、それは陽太自身にもいえることで、三年生にあがった今年も、家族でキャンプに行ったときに見た満天の星々の壮大さを語るつもりでいた。


 だが、今年は別の理由でクラスは騒然としていた。

 登校すると、教室の一番後方にあるランドセル置き場の上にプラスチックのケージが置かれており、その中にハムスターがいたのだ。


「これって誰が持ってきたの?」


「小っちゃくて可愛いー!」


「こいつらゴールデンハムスターっていう種類だぜ。おれんちでも飼ってるから知ってるんだ」


「ほらほら、二匹もいるよ」


「触っても大丈夫かな? 噛んだりしないかな?」


「大丈夫でしょ。こんなに可愛いんだし」


「わー。この子のお尻のところの模様、ちょっと星の形に見えない?」


「本当だ! 可愛いー」


 子供というものは、過去や未来のことよりも、いま起こっている新鮮な出来事のほうに心を奪われてしまうものなのだろう。夏休みの話はそっちのけで、クラス中がハムスターの話題で持ち切りになっていた。

 陽太も、一学期の頃にはいなかったはずのハムスターに興味津々だった。ただ、とある理由でペットを飼うことを禁止されていたため、動物に対しての耐性がなく、クラスメイト達が手のひらに乗せているのを遠巻きで見ていることしかできなかった。

 話題になっていた通りハムスターは二匹おり、どちらも茶色と白の毛並みをした一般的な種類のようである。れられずにいたものの、二匹とも目がくりくりとしてぬいぐるみみたいだというのが陽太の感想だった。


 クラスメイト達が頭をなでたりしてハムスターを可愛がっていると、教室の扉が開き、担任の村田むらた先生が入ってきた。


「夏休み明けだからって、みんな騒がしいぞ。ほらほら、静かにしろー」


「せんせー。教室にハムちゃんがいまーす」


「おっ、さすがにみんな気づいたか。その子達は、今日からこのクラスで飼うことになったハムスター達だ。みんなで協力して可愛がってあげてくれな。それじゃ、その子達の名前なんかも考えたりしなきゃいけないから、早く自分の席につけー」


 女子達が教室に見知らぬ愛玩動物がいることを報告すると、村田先生はにやりと笑って着席を促す。陽太達は指示に従うと、ハムスターの名前を決めるためにクラスで話し合いを始めた。

 その結果、二匹はハムとスタきちと名付けられた。どちらもハムスターのオスだからという極めて安直な理由ではあるが、小学生らしいシンプルなネーミングセンスともいえるかもしれない。唯一凝っている部分があるとしたら、スターとかけてお尻に星形の模様があるほうをスタ吉としたことぐらいだろう。


 他には、話し合いにより、一定の飼育係などは決めないこととなった。陽太が通う小学校ではウサギ小屋などもなく、生徒が校内で小動物と接する機会なんてまずない。そのため、飼育係の希望者が殺到してしまったので、全員が均等にハムスターと触れ合えるようにと、当日の日直がエサやりやケージの掃除などをおこなうことになったのだ。


 なにはともあれ、陽太は小さくて可愛いクラスメイトが増えたことに気分が弾んでいた。

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