第2話 呪いの綿毛①

 そうなった理由は十数年前に遡る。

 幼い頃に両親を亡くしていたオリビアは、隣人でもあるレイシャの家に、よく世話になっていた。

 レイシャとは歳も近く、村でも一番の仲良しで、姉的存在だった。

 レイシャの母であるサラや、父のスオウも、早くに両親を亡くしたオリビアを不憫に思い、まるでもう一人の娘のように接してくれていた。


 しかし、それは突然起こった。

 ある日、オリビアがレイシャに話しかけた時のことだ。名前を呼ばれたレイシャが振り返ると、顔には濡れたようなドロッとした綿毛が張り付いていた。中心部が黒く、毛先は濃い黄色の綿毛だった。

 綿毛の毛先は濡れそぼり、いくつもの束になっていた。

 オリビアには黄色い束になった毛先が沢山の脚に見え、まるで弧を描くムカデが顔に張り付いているような、気持ちの悪い光景だった。


「ヒッ!!」


 オリビアは小さく悲鳴を上げた。その二色の異様な綿毛を見て、過去の恐怖が呼び起こされる。その綿毛は、両親を死に至らしめ、幼いオリビアを独りにさせた忌まわしき綿毛だった。


「どうしたの? オリビア?」

「死んじゃう……レイシャが死んじゃうッ!!」


 その悲痛な声に、家からサラも顔を覗かせる。

 怯えるオリビアを、サラがなぐさめる様に抱きしめたが、オリビアはそれを振り解き、思わず駆け出した。

 背後からは、オリビアを心配するサラとレイシャの声が聞こえていた。


 両親の二の舞にはさせたくないと、オリビアは助けを求める為、巫女の住まうやしろへと走り出す。

 しかし、よく見ると二色の綿毛が付いていたのはレイシャだけではなかった。辺りを見回すと、何人もの村人に同じようにあの綿毛が張り付いている。


 このままでは何人も死ぬことになる。

 オリビアはこの事をすぐに巫女へ伝えようとした。しかし、それは叶わなかった。

 社に着くと、目の前には巫女の補佐役でもある『ヨルド』が立っている。

 やや小太り気味で、脂ぎった顔。巫女の権力を背景に、傍若無人な立ち居振る舞いをする、あまり評判の良くない男だった。


「巫女様は忙しいんだ、お前みたいな子供の戯言に構っている暇などない!」


 ヨルドがオリビアを冷たくあしらう。何度お願いしても、巫女に会わせてはもらえなかった。それでもしつこく食い下がると、顔を真っ赤にして追い返された。


 オリビアはやしろを後にする。

 しかし、このままではいけないと、今度は綿毛が付いている人達全員に、死んでしまうから気をつけてと必死に告げて周った。

 自分の両親のようになってほしくはない、ただそれだけを願って。

 でも、村人たちから返ってきた反応は、想像していたものとは違っていた。


「死ぬ? こんなに元気なのに?」

「いい加減にしろ! 巫女様の真似事にしては質が悪い!」

「おい、冗談でも不気味なことを言うもんでねぇ」


 誰も信じてくれる者はいなかった。

 その日の夜には、二色の綿毛が付いた人達は次々に倒れていった。それと同時に、黒い綿毛も死の香りにつられて集まってきていた。


 事態に気づいた巫女が、一心不乱に祭壇で祈りを捧げ始めた。白い装束を身に纏い、祈りに動きに合わせて、白髪のよれた髪が揺れている。

 祝詞のりとにつられ、巫女の周りには白い綿毛達が集まってくる。しかし、その数は少なく、小さい物ばかりだ。

 巫女はすでに齢80歳を超え、以前よりも神気が衰えていた。


 結局、二色の綿毛が付いた者達は、誰一人助かることはなかった。

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