綿毛因子と魔女と龍

北乃 試練

第一章 突然の嫁入り編

第1話 オリビアと綿毛

 それは、自分にしか見えないふわふわとした綿毛だった。

 どこにでもいて、手のひらに乗る位の大きさで、漂うように宙を舞う綿毛達。


『白い綿毛』は癒しの綿毛。触れた箇所に癒しを与える習性を持つ。

『黒い綿毛』は死の綿毛。死にゆく者へと集まる習性を持つ。


 自分以外は見えないし触れない。

 それに最初に気づいたのは、死骸に綿毛が群がっていると指差した時だった。その時の両親の視線が、まるで不気味な物でも見るかのような目になっていた。

 それが嫌で、綿毛のことは誰にも話さなくなった。


 だからあの時も、言わないように我慢した。

 例えそれが、どんなに気持ちの悪い見た目の綿毛でも。その綿毛が、両親の顔にべったりと張り付いていようとも。

 あの日以来、後悔しない日はなかった。


♦︎

 

 オリビアは今、鬱蒼とした薄暗い森の中を進んでいく。


 険しい山道の為、額には汗を浮かべ、少し息を荒くしている。背中まで伸びた長い黒髪は、乱れないように紐で簡単に結んでいる。

 目鼻立ちはくっきりとして凛々しい顔つきだが、そこに化粧気は全く見られない。

 麻で織られた衣服は、一見貧相にも見えるが、小さな村で暮らす連中は皆似たようなものだ。一つだけ違うとしたら、オリビアはその中でも、とりわけボロボロの格好をしていた。

 靴やズボンの裾は泥で汚れ、服もよく枝に引っかけては、所々穴が開いている。

 毎日山を歩くオリビアにとっては、それが日常的な格好であった。


 腰には肩から紐で吊り下げた、小さな籠がぶら下がっている。その中へ、見つけた薬草を摘んでは入れていく。

 オリビアは毎日、山に薬草を採りに行く。それがこの村で与えられた、オリビアの役目だった。


 いつも通り薬草を摘んでいると、黒い綿毛達が一か所に集まり、ふわふわと漂っていた。視線をその真下にずらすと、地面には白い毛皮の動物に、何匹かの黒い綿毛が張り付いている。

 よく見ると、子うさぎだった。どうやら足を怪我したようで、付け根の部分が抉れ、赤黒く染まっていた。かなり衰弱しているのか、オリビアがすぐそばまで近づいても反応が薄い。


 オリビアは、宙を漂う白い綿毛を一つつまむと、目の前に横たわる子うさぎの傷口へと近づける。

 白い綿毛が傷口に触れると、ポウっと淡く光り輝き、傷口はゆっくりと治っていった。

 子うさぎに集まっていた黒い綿毛達は、治癒と共にゆっくりと離れていく。ある程度治癒が終わると、白い綿毛もふわふわと宙へと戻っていった。


 先程まで身動き一つとれなかった子うさぎが、すくっと立ち上がる。


「あんまり無理しちゃ駄目だよ」


 元気になった子うさぎは、オリビアを一瞥するとすぐに走り去ってしまった。

 こんな所を村人に見られていなくて良かったとオリビアは思った。もし見られていたのなら、貴重な食料を何故捕まえなかったのかと怒られていた所だ。


(その時は……大きく育ててから捕まえるつもりだったとでも言えばいいか)


 昔を思い出しては、そんな会話を想像している自分が何だかおかしかった。

 とても無意味な空想をしている。そんな微笑ましい光景は、二度と訪れる事はないというのに。

 オリビアは、人との会話に飢えていた。もう十数年以上も、まともな会話をしていなかった。


 オリビアが今いる場所は、村の結界の外にある森の中だ。

 結界を超えれば、たちまち魔獣に食われてしまう。そんな危険な場所だった。

 村が魔獣に襲われないのも、不思議な力を持った巫女が、村に結界を張っているおかげだった。


 それ程に危険な場所を、好き好んで歩く者などいる筈もない。

 それはオリビアだって例外ではない。でも、森の中には貴重な薬草が生えている。

 誰かが取りに行く役目を負わなければならなかった。

 ただ、その役目に負わされていたのが、村の忌み嫌われ者であり、魔女と蔑まれているオリビアだったというだけ。

 オリビアが魔獣に食われようと誰も困らない、むしろ喜ぶ人の方が多いのではないだろうか。それが村での、オリビアの立ち位置だった。


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セカンドライフ嫁コン応募作品です。

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