斧使いリベルちゃんは叩っ斬る ~今日ものんびり真っ二つ~

和扇

序章

斧使いリベルちゃん

誰か見た事はあるだろうか。


人間が木っ端微塵に砕け散る光景を。

縦に真っ二つどころか、原型が無くなった姿を。


横に薙ぎ払われて、十人近くの首から上が消滅した状況を。

放った矢を軽々と防がれ、あまつさえ打ち返されて蜂の巣にされた惨状を。


哀れな盗賊団の団長は、その惨劇の中心にいた。


驢馬ロバに荷車を牽かせる商人一人と、荷台の後ろにチョコンと座る女の子チビ

団全員で掛かるには、あまりにも少ない実入りの相手。


本当ならば隊商を襲撃する予定だった。

あてが外れてしまったが、手ぶらで帰るわけにもいかない。


駄賃代わりに襲い掛かった。


それが運の尽きだった。


135センチに届いているかどうかの背丈の少女。

腰まである薄紫のストレートロングの髪が、彼女が巻き起こした風にそよぐ。


塵芥ちりあくたの如く千切れ飛ぶ盗賊たちを見る目は眠たげで、その内に輝く瞳の色は赤。


首元に二つボタンがあるクリーム色の長袖シャツを着て。

肘くらいまでの大きさの茶色の編み物ショールを羽織る。


赤に白ラインのタータンチェックスカートを履き。

膝下まである焦げ茶色の編み上げブーツで足元を包む。


腰には小さな緑のポシェット。


どこからどう見ても、そこらの町にいそうな小綺麗な少女だ。


ただ一つ、その手に持っている物を除けば。


「ほい。」


そこらの棒きれでも振り下ろすかのように、少女はそれを落下させる。

ターゲットにされた盗賊は、防御しようと剣を盾にした。


しかし、それは全くの無駄だった。


鋼鉄で作られた剣を砕き。

盗賊の頭を粉砕し。


胴体を圧縮し。

下半身を潰し。


大地に巨大な質量を叩きつけた。


残されたのは、防御しようと上げた両腕だけ。

それ以外は真っ赤な染みに早変わり。


人間一人が世界から消失した。


回復魔法も蘇生魔法も広く普及している。

だが、ほぼ腕だけになった物体を蘇生させられるのかは、はなはだ疑問である。


「ひ、ひいぃぃっ!?」


仲間を易々と破壊する暴風に怖れをなして、一人の盗賊が背を向けて駆け出した。

持っていた剣を放り出して、一目散。


しかし、それは成功しない。


「逃げちゃ、ダメ。」


手にした大質量の物体をくるりと回して、鋭い穂先を男に向ける。

そして片手を支えにして槍投げの如く、軽々と投擲とうてきした。


ごおっ


風を切る音はまさに轟音。


逃げようとした男は近付いてくる音に、一瞬だけ振り向いてしまった。

自身を目掛けて、真っすぐに飛来するそれを目にしてしまった。


あぁ、という口から漏れた言葉と言えない何か。

それが男の最期の言葉となった。


ぐしゃ

どぱあぁんっ


穂先が腹を貫き、刃が身体を粉砕する。

駆けていた下半身を残して、男の身体が消失した。


「るぅぅあああっっっっ!!!!」


彼女の手から武器が離れた事を好機と捉えて、盗賊団の団長が斬りかかる。

先程消し飛んだのが、配下の最後の一人だった。


長剣を両手で握り、渾身の力を込めて袈裟けさに斬る。

少女へ与える攻撃としては有り余るほどの一撃だ。


だが。


ガキンッ


剣はそれに衝突した。

先程、彼女が投げたはずの物体に。


「な、バカなっっ!?」


信じられない光景に、盗賊団の団長は目を見開いた。


飛んでいったはずの武器は姿を消し、彼女の手元に出現したのだ。

光の粒が集まり、生成途中だった柄を完成させる。


「残念。」


石突に近い部分を両手で掴み、身体を軸にして一歩踏み込んで振り抜いた。


ごぱんっ


水が詰まった物を破裂させるような音が響いた。


ばちゃばちゃと、人間だった物の残骸が周囲に散る。

運の無い盗賊たちは、一人残らずただの物体へと成り果てた。


少女が武器を頭上でくるりと回転させる。

滅茶苦茶な破壊を行ったにもかかわらず、返り血はただの一滴も付いていない。


片手で袈裟にそれを振り、ぶおん、と刃が風を切る。


彼女の手に在ったのは、背丈の二倍以上はあろうかという大斧だいふだった。

あり得ない程に巨大な片刃の斧、穂先には槍が付いている。


槍斧ハルバードというには、斧の刃の主張が強すぎる。

槍部分は大槍、だが飾りのような物に過ぎないと言えてしまう。


なにせ三日月状に湾曲した刃は、長柄の持ち手の半分程度までの長さなのだから。

蒼玉サファイアに似た色の刃は、まるで透き通っているかの様な印象を受ける。


刃の反対側には両手で握る事が出来る、大きな持ち手が付けられていた。

通常の斧には必要のない部品だが、この大斧には必要なのだろう。


石突の先端には、数本の細い飾り布。

赤に金で装飾されたそれは、斧を振るう度に綺麗な線を描いていた。


その斧の名は『羽箒はねぼうき

斧に付ける名としては、これほど合わない名は無かろう。


怖ろしさと美しさを両方孕む凶器である。


どずん、と石突を大地に突き立てる。

と同時に、巨大な斧は光の粒子となって泡のように消えてしまった。


出現も消失も自在。

武器の特性なのか、それとも彼女の能力ちからなのか。


どちらかは分からない。

だがこの上ない程に反則的だ。


「あ、あわわわ……。」


荷車の後ろに驢馬ロバと共に隠れていた商人の男性が、震えながら少女を見る。


助けられたのは間違いないが、途轍もない惨状。

怯えるのも当然である。


「ん、だいじょぶ?」


トコトコと近付いてきた少女が首を傾げる。

その仕草だけなら、町にいる子供とさして変わらない。


商人と驢馬は震えながらも、こくり、と頷いた。


「あ、ありがとうございます。た、助かりました……。」

「そ。じゃ、行こ。」


荷車の後ろに、ぴょん、と飛び乗るように腰掛ける。

両足をプラプラとさせている様は、先程までの鬼神の如き姿とはまるで違う。


可憐な姿と戦闘能力が合致していない、違和感の塊だ。


「あ、あの、何かお礼を。」


助けられたのだから、お礼をするべき。

そう考えた商人は彼女に言った。


だが少女は、ふるふると首を横に振る。


「いらない。」

「で、ですが……。」

「むー。」


引かない商人の様子に不満げな少女。

彼女は荷台の木箱に詰められた、赤いリンゴを一つ手に取った。


「じゃ、これ貰う。」


箱ごとではなく、手にした一個だけ。

これ以上は貰う気はない、と顔を僅かに背ける。


受けた恩に対して釣り合わない報酬。

商人はそう思ったが、これ以上は押し問答になるだけだ。


御者席に腰を下ろした彼は、驢馬に声をかけて進ませた。

がらごろと、再び車輪がわだちを刻む。


薄紫の髪を風がふわりと撫ぜた。

しゃくり、と少女は林檎を齧る。


彼女の名はリベル。


自由に世を歩く、剛斧の使い手である。

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