第41話天界の王子様をご存知ですか?
「エレノアは帝国の要職試験を受ける気なのですか?帝国の首都でフィリップと一緒になろうとしていますね?」
馬車に乗るなり、隣に座ってきて攻め立ててくるレイモンドにため息が漏れる。
アカデミーには彼のスパイが潜んでいるということだ。
先程、フィリップ王子の部屋でした会話を何故か彼が知っている。
扉の前で聞き耳を立てていた生徒でもいるのだろうか。
「帝国の要職試験を受けることは選択肢の一つとして考えております。帝国の中枢に食い込めれば、私を幸せにしてくれたサム国の民に恩返しができるからです。私は行政部を希望しようと思っております。レイモンドはどうして私とフィリップ王子をくっつけたがるのですか?私の恋を応援してあげたいなど考える方ではないと記憶しているのですが。」
近い距離にレイモンドの顔があって、私は恐怖で震えあがるのを耐えながら話した。
邸宅まで30分も馬車という密室で彼といなければならない。
私は彼にベットで押し倒されて以来、彼に対して恐怖心を抱くようになっていた。
彼と一緒にいるのが居心地が良いと思ったことが遠い昔のことのように思えてくる。
やはり体格差のある彼に突然、組み敷かれたのはトラウマになっている。
私の心に傷をつくったことなど気にもせず、自分は私を愛しているから一緒にいたいなどと言ってくる彼は本当に理解できない。
愛しているなら、なぜ私の気持ちを思い遣ったりしようという発想にならないのだろうか。
「考えたくありませんが、サム国が帝国領になったら領主となる私と結婚して妻として私の側にいてくれるのではないですか?魅了の力が無くなる予定があるから、帝国の首都に行こうなどと考えはじめたのですよね。副作用が強い薬のようだし、飲まない方が良いのではないですか?魅了の力をもったままでも、私の側にいる分には問題ないではないですか。」
彼が私を抱き寄せながら言ってくる言葉に、心が悲しみで満たされていくのが分かる。
私が魅了の力にどれだけ悩んでいるかを、一番知っている相手が彼であるはずなのにどうしてそんなことが言えるのだろうか。
「アーデン侯爵令嬢が大丈夫だと言ってくれた薬なら、私は飲みます。」
エレナ・アーデンの名前を発しただけで、私の悲しみも恐れも一瞬で吹き飛んだ。
私を地獄からいつだって救い出してくれた彼女はいつも私に強い力を与えてくれる。
「エレナ・アーデンが本当に好きですね、エレノアは。私は同性に憧れたことがないので、その気持ちが分かりません。」
レイモンドがわからないのは、同性の気持ちではなく他人の気持ちだ。
本来なら察しの良い彼は人の気持ちを理解しようと思えば理解できるはずだ。
しかし、彼は自分の気持ちにしか興味がない人間だ。
「帝国の建国祭に行ったことがあるのですよね。会場で金髪で白い礼服を着たみんなが注目する男性を見ませんでしたか?天界の王子様レナード・アーデン侯爵です。優雅で美しく誰もが一度は恋をする相手だと言われています。彼を見たらレイモンドも同性に憧れる気持ちがわかると思いますよ。さすがはアーデン侯爵令嬢の子種を宿していた方だとご納得頂けると思います。」
帝国でみんなが憧れる男性といえばアーデン侯爵令嬢のお父様レナード・アーデン侯爵だ。
貴族令嬢からメイドまで、みんな彼の話をするのが大好きだった。
私は一度見かけただけだが、眩しく圧倒的なオーラがあって彼が噂の人だとすぐにわかった。
「エレノアは金髪が好きなのですか?アーデン侯爵は帝国の重要人物だと聞いていたので、挨拶をしたから知っていますよ。別に憧れる気持ちは抱きませんでしたけどね。エレノアも彼に恋をしたりしたのですか?」
レイモンドが私の紫陽花色の髪をいじりながら話してくる。
なぜ、私を自分の所有物のように扱うのだろうか。
以前のように不快感はないけれど、触れられると彼の性欲スイッチがいつ入るのか分からなくてまた怖くなってしまった。
「レイモンドは自分が大好きですからね。私は髪色など何色でも良いと思っています。私が彼をお見かけした時は、暗い生活をしていたので眩しくて見ていられず恋などしていません。」
ふと帝国時代の暗い生活を思い出して、苦しくなった。
レイモンドは私を帝国の公女が孤児院で生活できたように言ってきたことがあった。
私が帝国でどんな暮らしをしていたか分かっていないから言えることだ。
「それにしても、エレナ・アーデンは酷い女だとダンテ補佐官も言っていたではないですか。人の弟を気に入ったから奪うだなんてあり得ない話ですよ。エレノアも初対面の印象に引き摺られていないで、彼女には警戒した方が良いと思います。」
恩人を侮辱されて私の中で何かが切れた。
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