第40話エレノアにさえ想われていれば、他の方の気持ちは必要ありません。

「フィリップ王子殿下、もう降ろして頂いても大丈夫ですよ。」

馬車まで行くとレイモンドにお姫様抱っこをしているところを見られきっと面倒なことになる。

そう思って、王子殿下に私を降ろして欲しいと伝えたが微笑み返されるだけだった。

婚約者の弟である彼にお姫様抱っこされているのを、他の生徒に見られたらスキャンダルにならないだろうか。


もしかして先程も私が婚約破棄できるように取り計らってくれるとおっしゃっていたし、

自分とのスキャンダルを起こして婚約破棄まで持っていってくれようとしているのかも知れない。

しかし、そんな事をすれば傷一つないフィリップ王子殿下の評判に関わるに決まっている。


「エレノア、要職試験の勉強でわからないことがあればいつでも僕に言ってくださいね。」

フィリップ王子殿下の首にしがみつきながら思った。

彼はなんと余裕のある優雅な王子様なのだろう、王族の地位にしがみつく事なくいつも周りが見えている。

品行方正で成績優秀な彼なら、帝国の要職試験に受かり帝国の爵位を授かるだろう。


「帝国の首都に行ったら、きっと周りの貴族令嬢は王子殿下に夢中になりますわ。」

私は自分が発した言葉のくだらなさに、一気に赤面した。

勉強の話をしているのに、首都に行ったらあなたはモテますよなどと品位を疑う発言だ。

見惚れるほどの立ち居振る舞いと優雅さを併せ持ったおとぎ話から出てきた王子様のような彼は帝国の貴族令嬢の大好物なのは間違いない。

反対にレイモンドのような粗野な雰囲気の男は、厳しい教育を受けた帝国の貴族令嬢には受けが悪いのだ。


本来ならばレイモンドが王太子の地位をフィリップ王子に譲って、民のことを一番に考えるフィリップ王子が領主になるのが一番良い。

レイモンドは実は雑念が多いが飛び抜けた天才だ。

すでに帝国は彼の能力を見抜いているので、彼が帝国の要職試験を受けても受かるだろう。

だけどレイモンドは決して王太子の地位をフィリップ王子に譲らない。

彼はフィリップ王子とは異なり、王位へのこだわりが強いのだ。


「僕はエレノアにさえ想われていれば、他の方の気持ちは必要ありません。」

私は聞き間違いかと思うフィリップ王子殿下の言葉に動揺した。

目を瞑って彼の胸に顔を埋めて、清らかな臣下の心を持つように精神統一する。

私が彼を想う気持ちがバレていたということだろうか。

今の彼の言い方だと、まるで彼も私を想っていてくれているように聞こえてくる。

顔が熱くてとてもじゃないけれど、彼の表情が確認できない。


それとも、私が魅了の力で言わせていることだろうか。

悲しいけれど、その可能性も否定できない。

だとしたら彼は純粋だけど知能が高いから魅了の力をかけてしまっても心が壊れたりしないということだ。

本心か魅了の力によるもので引き出した発言かがわからない以上、やはりまだ神経を尖らせて彼と接する必要がありそうだ。


「足が痛くて歩けないので、運んで頂けるなんてありがたいですわ。」

私は周りの生徒がフィリップ王子と私の関係を誤解して彼に迷惑がかかるかも知れないのを思い出した。

婚約破棄をするにしても、彼に迷惑がかかる形では絶対したくない。


足が痛くて歩けない私を、慈悲深い彼が馬車まで運んでくれたということにしようと思ったのだ。

周りにアピールしようと思ったせいか、明らかに大きすぎる声で言ってしまった。

また、私のことを彼は変な子だと思うだろう。


優しいから変な子を放って置けないのだろうか。

ハンスは私の絶望顔に惹かれたと言っていたし、私の奇行に彼が惹かれてくれたなんてことがあってもおかしくはない。

私はまた雑念が発生してきたことに怖くなって、必死に自分は臣下だと頭の中で唱え続けた。


「フィリップ、あなたはいつから節度というものを忘れてしまったのですか?」

気が付くと私は馬車にのせられていて、レイモンドがフィリップ王子に喧嘩を売っている。

明らかにチンピラに絡まれた王子様の構図だ。

このような姿を周りに見られるのは絶対に良くない。


「フィリップ王子殿下、歩けない私を運んで頂きありがとうございました。不躾で無理なお願いをしたことをお詫び申し上げます。」

私は周りに聞こえるようにフィリップ王子殿下にお礼を言った。

フィリップ王子殿下は、軽い微笑みで返してくれる。

太陽の光が彼の海色の瞳に吸い込まれているのがわかり、美して一瞬見惚れてしまった。


私はふと我に返り、レイモンドの手をひっぱり彼を馬車に乗せて馬車を邸宅まで発進させた。

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