第15話 ボンゼランとガドゼラン

さて、いよいよガドゼラン魔使具店で待望の本調整である。午前中、いの一番で入店した。


「あぁ、リンシードさんいらっしゃい。父とエリフォンが準備中ですので、しばらくお待ちくださいね」


看板娘のリュミリーが明るく笑う。


「よろしくお願いするね。いや、いつでもそうだけど、その店で初めての調整をする時っていうのは緊張するね」


これは本心である。簡易調整で店の力量はある程度分かるものの、細かい相性は長く付き合って見なければ分からない。今日はその第一歩となる記念すべき日であり、身が引き締まる思いである。


ボクは自らの緊張をほぐす意味もあり、リュミリーに話しかける。


「そういえばさ、この店の名前は”ガドゼラン”でしょ。ノリガイ通りにある”ボンゼラン魔使具商会”と似たような名前だよね。何か関係でもあるの?」


只の偶然だとは思っているものの、場をつなぐ話としては適当だ。


「関係あるかですって? ふふん……、よくぞ聞いてくれました!」


心なしか彼女の鼻の穴が膨らんだように見える。何かまずい”スイッチ”を入れてしまったのだろうか。


「リンシードさんは、昔々、この大陸の外れにリアロヌスという王国があったのをご存じですか? 実はそこを支配していた王族が、ガドゼラン家といったのですよ。小国でしたが周辺の国に媚びることなく、独立独歩で頑張っていた立派な国でした」


彼女の口調が、だんだん講釈師のようになっていく。


「先祖伝来の家系図によると、ウチはそのガドゼラン王家の末裔なんです!」


ほぉ、ガドゼランの名前は知っていたけれど、この店の名前と一致するのは偶然かと思っていた。でも、本当かなぁ……。


「まぁ、いわゆる”大支流”ってやつらしいですけどね」


奥から顔を出した若い魔使具職人エリフォンが口を挟む。


「ちょっと、エリフォン。余計な事を言わないの!大支流であったってどうだって、王家の血が流れている事に変わりはないんだからね」


娘は穏やかに微笑む職人の方を振り返り、ちょっと怒ったように言った。


支流とは本流から枝分かれた流れであり、大支流ともなれば幾重にも分かれた支流の最末端の流れという事になる。”親戚の親戚のそのまた親戚の……”を何十回も繰り返したような僅かな繋がりではあるが、自らの出自に箔をつけるため、よく使われる手法の一つであった。


「で、王国には一つの慣習がありましてね。それは大きな功があった家来に、自分の名前の一部を与えるというものでした。ボンゼランはガドゼランの家来筋で、元々ボンシャーラスといったらしいんですが、功あってガドゼランの名前の一部”ゼラン”を名乗る事を許されたらしいんです。


つ・ま・り、ウチの方が主筋なんですよね~」


無邪気な大演説が終わり、大きく息を吐く看板娘。若き魔使具職人は相変わらず微笑んで聞いている。こことボンゼランとでは店の規模では全く勝負にならないが、この娘の中ではそういったものが精神的な拠り所になっているのだろう。


「リュミリー、くだらん事を喋っとるんじゃない! そんなものは大昔のおとぎ話だと、何度言ったらわかるんだ」


エリフォンの後ろから、ヴァロンゼ親方がヌッと姿を現した。口をとがらせ不満をあらわしながらも、厳つい父親にはまだ抵抗するべくもない憐れなリュミリー。


「それじゃぁ、調整を始めるぞ」


ボクの返事を待たぬまま、踵を返す頑固オヤジ。一体どっちが客なんだか、わかったもんじゃない。しかし不思議と腹は立たず、むしろ、期待に胸を膨らませている自分がいる。


「さぁ、どうぞ。親方も朝から楽しみにしているんですよ」


え…、そうなの? 意外な言葉に戸惑うボクを、エリフォンが奥の調整場へと招く。


「こら、お前もくだらん事を言っとるんじゃない! 全く近頃の若いものは口数ばかり多くてイカン」


明らかな照れ隠しをちょっと可愛いなと感じつつ、ボクは二人の職人と共に調整場へと赴いた。


魔使具の調整は、荒調整、中調整、微調整、最終調整の四段階で行われる。まずは魔奏スティックの中調整の途中までエリフォンが行い、そのあとは親方が断続的に間に入る。この頑固一徹のヴァロンゼが中調整の中頃まで口を出さないというのには驚いたが、それだけエリフォンの腕を信頼しているのだろう。


エリフォンはエリフォンで親方の一挙手一投足をじっと見つめ、この熟練者の仕事ぶりの全てを吸収しようと努めているのがわかる。自分の調整の何が問題で、親方はそれをどういう風に修正するのかを見極めようとしているのだ。


ボクはボクでエリフォンへの要求はもちろん、親方にもシックリいかないところは遠慮なく指摘する。親方の逆鱗に触れるのを恐れて遠慮をする事は、むしろ彼に対して無礼な行為となるだろう。


中調整、微調整と師弟のリレー作業が続き、最終調整は親方オンリーの仕事となった。これまで幾つかの店で受けてきた調整とはまるで別物の、非常に濃密な時間の流れを感じる。調整を受ける事が、これほど有意義で楽しいものだとは知らなかった。


つづいて魔盾環、ナビゲーターと調整が続き、そこで一休み、リュミリーが絶妙なタイミングでお茶を運んでくる。もちろん彼女の商才に裏打ちされた、計算しつくした行為であろう。


一服したところでモバイラー、魔句呂コーラーと順調に調整が続く。作業は昼を大きく過ぎた頃にやっと終わった。ボンゼラン商会でのシステマチックな調整とは全く異なるもので、こちらの要求に対して逐一グイッとねじ込んでくるような、それでいて快感を得るような調整であった。


そして肝心の出来はというと、これはもう驚きの一言としか言いようがない。先日に受けたエリフォンの簡易調整には目を見張るものがあったが、それが凡庸に思えるほど格の違いを見せつけられた、神業とも言える親方の調整である。調整を受けた魔使具の全てにおいて、もう道具というよりは既に体の一部と言って良いほどに馴染んでいた。


しかしボクとしては、むしろ少し心配になってくる。もしこの親方の調整を受けられなくなったらどうしよう、すさまじい喪失感があるのではないか、そんな思いが脳裏をよぎる。普通に考えた場合、彼はあと二十年は仕事が出来るだろうが、今からその日を迎えるのが不安になる。傍らにいる若き弟子の立派な成長に、一縷の望みを託すしかないという事か。


「あぁ、疲れた。あんたみたいに厳しい要求をする客は滅多にいない。体のあちこちがギシギシ言いよるわい」


頑固オヤジが、わざとらしく腰をさする。


「いやぁ、すいません。打てば響くっていうんですか。ボクの体にどんどん馴染んでいくので、つい調子に乗ってしまいました」


ヴァロンゼの渋い顔に目をやりながら、ボクはニコニコと返す。


「気にしないで下さいね。それが仕事なんですから当然です。むしろ、愚痴が出るほど充実した仕事が出来たって事なんですから、職人冥利に尽きるってもんですよ、ねぇ、お父さん?」


リュミリーが軽口をたたく。


「お茶を運んできただけのお前が、生意気な口をきくんじゃない! わしは奥で休んでくるでな。あとは任せたぞ」


ヴァロンゼが奥に消えると、エリフォンがそっと囁く。


「本当に気にしないで下さい。親方があれだけ熱心に調整したのは、私が弟子入りして初めてです。私にとっても、親方の本気の仕事が見られて大変勉強になります」


二人の若者に慰められながら、ボクは苦笑する。そして約束通りに今回の魔使具の料金と契約金の残りを支払い、本契約書にサインをして店を出た。それなり以上の大金が手に入り、看板娘が満面の笑みでボクを見送ったのは言うまでもない。


よし、あとはこれをダンジョンで試すのを待つばかりである。まるで待望のおもちゃを手に入れた子供のように、ボクは弾んだ心で家路についた。

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