第2話 リラス親方

月末になったので、色々な経費を精算する。だが、今月のマジックエッセンス使用量を計算してみてビックリした。去年同月の1.5倍も使っている。


細かく見てみると、やはり寒さ関連の消費が増大しているようだ。外出時の防寒魔法や暖炉の火を絶やさぬための魔法、料理や風呂に使うお湯を沸かすための魔法にも、去年より多くのマジックエッセンスを使っている。


これも今年の厳冬のせいか…。


マジックエッセンスの年間消費における予算内には収まりそうだが、いつもは余剰分を繰り越せていたので少し痛い。しかし、寒さ対策に使うマジックエッセンスの節約は難しい。即、健康に響いてくるからだ。それで仕事を休んだり病気になってしまっては、元も子もなくなる。


ここは、じっと我慢をするしかないだろう。


我が家は家屋外のあちこちに、マジックエッセンスを吸収するアイテムが設置してあるのでまだマシか。森の中の一軒家という事も、自然のマジックエッセンスを集めるのにはもってこいだ。


しかしマジックエッセンスを買わなければいけない人達は大変だろうなぁ。魔法を使えない人にとっても、今や魔使具を動かす燃料であるマジックエッセンスは生活に欠かせない。そうなると余剰なお金を使わなくなるから景気が悪くなり、周り周ってボクの仕事にも響いてきそうだ。


翌日、今日は久々の休日だ。この機会を逃すまいと、自宅地下一階にある研究室での作業に明け暮れる。魔法使いとして長く食べていくには、魔法の研究は不可欠だ。


魔法使いは誰でもなれるわけではなく、ある程度以上の才を生まれながらに持っていなくてはならない。その事におぼれてしまい、魔法使いであるだけで人生盤石と思う輩も多いのが、現実はそう甘くはない。便利な魔使具がドンドン開発される昨今、マジックエッセンスだけ購入すれば魔法使いは必要ないという場面も昔に比べれば増えてきたせいである。


もっとも一定以上強力な魔使具の所有は国の許可が必要なので、庶民は低レベルの魔使具しか持つ事が出来ない。よって、庶民が所有できない中レベルの魔使具以上の魔法を多く使えなければ、魔法使いとしての仕事は成り立たなくなっていくだろう。


魔法研究に明け暮れた一日、大変ながらも楽しくもある。ついつい時間の過ぎるのを忘れ夜更かしをしてしまった。


そんな事もあり、翌日は少々寝不足となったが、今日も大工のリラス親方の現場で作業補助の仕事が入っている。目が赤い事を親方に気づかれなければ良いのだが……。あの人、自分自身には勿論、弟子やボクにも厳しいからなぁ。


それでも何とか普段通りに仕事をこなしていると、昼食時、特殊素材を運んで来た商人や大工職人たちと同席する機会があった。商人はゴラス湾を渡ってこの地に荷物を運んで来ているのだが、航海中、霧の中でコールドドラゴンらしき竜を見たと自慢げに話しているのを聞いて皆は驚いた。


この幻の竜の目撃談は、いやが上にも昼食の席を盛り上げる。ただ、ボクはそれが商人の作り話であると確信している。彼の話には明らかな矛盾点が幾つもあるからだ。


でも、ボクはその間違いを指摘しようとは思わない。水掛け論になるのは分かっているし、彼が間違いを認めたところでボクには何の益もない。ここにはあくまで魔法仕事で来ているのであって、議論をしに来ているわけではないからだ。ただリラス親方に到っては、全てを御見通しといった面持ちで、苦笑しているのが印象的だった。そして帰り際のボクに一言。


「さっきは口を挟まないでくれて有難うよ。アンタくらい博識なら言いたい事もあったろうに……。あの商人、悪い奴じゃないんだが、お調子者なのが玉に傷でな」


ボクは笑って軽く会釈をし、現場を後にした。今日は酒場へは寄らず、一直線に我が家へと向かう。気になる魔法実験のテーマを思いついたからだ。


翌朝、ボクは”いつもの如く”寝ぼけまなこをこする羽目になっていた。昨晩はチョットだけと思って始めた魔法の研究実験が想定以上にのびてしまい、ベッドに倒れ込んだのは予定をかなり過ぎてからであった。


今日は日帰り出来るギリギリの距離への出張仕事となる。幸いクライアントの厚意により、現地へ向かう乗り物は個室を用意してもらっていたので、そこで爆睡する。だが乗りもの内ゆえに、安眠出来たとは言い難い。その証拠に夢ばかり見ていた気がする。もちろん、その後の魔法作業に失敗する悪夢である。


とはいっても作業に差支えのない程度には眠る事が出来たので、何とかまともにやる事をこなして無事帰還となった。


もっとも魔法で寝不足を解消する事は出来るのだが、本来の体のリズムを強制的に操作するような魔法を乱用すると、それがクセになる事が知られている。よって、自然に元のリズムへと戻す事にした。


明日は何も仕事が入っていない。思う存分、寝るぞー。

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