よろず魔法使いの日記帳【第一部 ダンジョンの謎】

藻ノかたり

第1話 冬の目覚め

どこかの世界の、どこかの時代。深い森の奥の一軒家。そこに悠久の歴史を生きて来た、でもとっても目立たない”よろず魔法使い、スタン・リンシード”が、ひっそりと暮らしています。


これはそんな彼の日記です。


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寒い、とにかく寒い。


もう何日も、就寝前に火を絶やさぬ魔法を暖炉にかける事をやめられない。マジックエッセンスの無駄づかいとも言えるのだけど、そんな事を言っていたら凍え死んでしまいそうだ。


いっそ思い切って、家全体、いやせめて寝室だけでも断熱の永続魔法をかけようか。マジックエッセンスを大量に使う事にはなるが……。そんな事を考える。でも、今年の冬は何でこんなに寒いんだろう。ゴラス湾の果てでコールドドラゴンがよく目撃されている事と何か関係があるのだろうか。


ま、僕には関係ないか。それにしても、どうしてこんなにも寒いんだ。


夜中に、ふと目が覚める。外で何か物音がしたからだ……と思う。こんな森の一軒家に住んでいるので、防犯結界はそれなり以上に強力なものを使っているけれど、勿論万全ではない事は承知している。


様子を見に行くべきか否か散々迷ったあげく、聞かなかった事にして再び睡魔に身を任せようと決めた。こんな寒い夜に表に出るなんてという思いの方が勝ってしまったのだ。


ま、大丈夫さ。高いお金を出して防犯結界装置を設置したのだから、少しは楽をしてもいいだろうという、都合の良い言いワケをしながらボクは目を閉じた。このまま二度と目を覚まさないかも知れないなんて、露ほども考えずに。


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あれ、おかしいな。最初の印象はそれだった。


昨日ベッドで寝たはずなのに、何故か深い霧の中に立っている。でも不思議と慌てる感もなく、ただボーッと立っていると、昨晩の記憶が甦って来た。夜中に変な音がしたんだけど、放っておいて寝てしまったんだよな……。それからどうなったんだろうか?


ふと、脳裡によぎったのは「死」


あの物音が何かの凶事の兆しであり、その後の結果、僕は知らない内に死んでしまったのかも知れない。死ぬと霧の中をさまよう魂になるって話を聞いた事があるけれど、それなんだろうか。ここでもボクは不思議と落ち着いている。どうしよう!といった焦りは感じない。


のほほんと構えていたボクだったけど、急にあたりの霧が掻き消え寝室の風景が目に入った。


あぁ、夢か。


よく見ると暖炉の火が消えている。それで体が冷えて眠りが浅くなったのだろう。夢はそのせいだ。しかしおかしいなぁ。暖炉には、朝まで火が絶えないように魔法をかけておいたはずなのに……。


でも暖炉を調べてみると、その理由が分かった。単純にマジックエッセンスが切れていたのだ。寒さが酷かったので、暖炉の火を維持する為のマジックエッセンスの消費が激しかったのだろう。


夜中の音は、魔法が解除された音だったんだな。普段なら気がつくところだが、余りの眠気に惑わされてしまったらしい。我ながら迂闊すぎる話ゆえ、これは誰にもすまい。どうせ「何だ、夢オチかよ」って言われるだけだろうから。


半分寝たままの状態で朝食を取り、出かける準備をする。今日は大工の棟梁であるリラス親方の所で仕事が入っている。今回はギルドを通さないので実入りが期待できそうだ。ギルドを通さないと、取りっぱぐれなどのトラブルは自己責任で解決しなければならないが、親方とは長年の付き合いなのでその心配はない。


現場へ到着すると、早速仕事に取り掛かる。力仕事をする大工たちへの筋力増強魔法、高所作業をする職人をその場所で浮遊させる魔法など、魔法の需要は結構多い。


いつもの様に夕方には仕事を終えると、街の呑み屋で一杯やった。自分へのささやかな御褒美ってとこだ。そのあと家に着いたのは夜の7時過ぎ。二日酔い防止の魔法を使おうかとも考えたが、まぁ、これくらいなら問題ないだろうとやめておいた。明朝、後悔しない事を願う。


翌朝、神のご加護か自制が効いたのか、幸いにも二日酔いの症状はない。昨日に続き、今日もリラス親方のところへと出かけていく。現場は街の外れにあるのだが、そこへ行く途中で嫌なものを見てしまった。


見るからに無頼と言った輩が老人に暴力を振るっている。もちろん助けるべきなんだろうけれど、後の面倒を考えてためらっていると、向こう側にいた僧侶が静止の魔法をかけて哀れな年寄りを助け出した。


後から聞いた話だと、禁煙の場所でタバコを吸っていた若者を注意したところ、逆ギレされ暴行されたらしい。おまけに加害者は「喧嘩を売られた、正当防衛だ」と主張したそうだ。


やれやれ、世も末だ。


一瞬の判断の遅れが人の生死にかかわったり、人生を狂わせるという事をボクは十分に知っている。それなのに助ける力がありながら、僅かでもためらった自分には嫌気がさす。


その一方で、もし被害者本人やその家族が加害者に復讐する場面に出くわしたら、その時は見て見ぬフリをするかも知れないと思う自分がどこかにいる。ボク自身も”世も末”の一部なんだと痛感した。


仕事はそつなくこなしたものの、その日の酒は苦いものとなった。

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