第2章 記憶の喪失
第10話 セフィロトの樹の実
「なあ、ホーラ様に内緒で食べないか?」
落ちているセフィロトの樹の実を集めながら、ノクスは視線を彷徨わせながら言います。
大丈夫でしょうか。それほど中毒性があるのならば、食べないほうが良いのでは? いえ、もう食べてしまったのですから、手遅れなのでしょう。
食べないほうが良いのかもしれませんが、中毒になるほど美味しいであれば気になりますよね。どうしましょう?
「ホーラ様にはちゃんと報告するのです」
「そうだよっ」
ノクス以外は良い子でした。いつも食べることができないと言っていたので、ウィスペルやカエルムよりも食べたいという欲求が強いのでしょうか。
「わかった。我慢する」
「それがいいのです。主様、ホーラ様を呼んでくるのです。少し待っててほしいのです」
ふわっと風が舞って次の瞬間にはカエルムがいなくなりました。
こんなにも早く動けるのでしたら、ノクスが弱いということも少し納得できます。
カエルムはホーラを連れて、数十秒で戻ってきました。本当に早いですね。
「たくさん生りましたね。昼食はセフィロトの樹の実を使って作りましょう。楽しみにしていてください」
「はい。ホーラの料理はおいしいですから、楽しみにしています」
「使う量だけ拾っていきます。残った分は食べても良いですよ」
「本当ですか! やっと食べれる」
ノクスはとても喜んでいますね。玩具を買ってもらった子供のようです。ノクスほど喜んではいませんが、ウィスペルもカエルムも嬉しそうな表情をしています。
「一つ食べると元気いっぱいっ。二つ食べると若返るっ。三つ食べると強くなって、四つ食べると無敵だよっ」
無意識に口ずさんでいるようです。この話の流れ的にはセフィロトの樹の実のことなのでしょう。
さすがにセフィロトの樹の実を食べて起こることではないでしょうね。
「もしかして、セフィロトの樹の実のことでしょうか?」
「そうだよっ。それにねっ、本当に言葉通りのことが起きるんだよっ」
本当のことだったのですか! 本当に言葉通りのことが起きるのであれば、食べてみたくなります。
でも、若返りたくないので一つ食べるだけで我慢しましょう。ということは、私は我慢しなくてはいけないということでしょうか。
ホーラの料理にセフィロトの樹の実が何個使われるかはわかりませんが、控えておかないといけません。だって、若返りたくありませんから。
「ホーラ様がセフィロトの樹の実で作った料理は、元気になるぐらいの効果しかないのです」
心を読んだかのように教えてくれました。カエルムは心の声を読めるのかもしれません。それとも、人の機微に敏感なだけでしょうか。
「これどうぞっ」
ウェスペルに渡されたセフィロトの樹の実はとても大きくて、両手に収まり切りません。私の手が小さいだけなのでしょうか。
「そのままかぶりつけばいい。美味しいぞ?」
「いただきます」
食べた瞬間に広がる芳醇な葡萄の香り。ですが、もう一口食べると今度は桃の味がします。
どういうことでしょう? 確かに今まで食べたことのないほど美味しいのですが、なぜ味が変わるのでしょうか。不思議ですね。
「美味しいでしょっ」
「とても美味しいです。味が変わるのはとても不思議ですが」
「えっ? それって、もしかしてっ」
〈神芽の実を食しました。エクストラ種族に進化を開始します〉
なぜでしょう。エクストラクエストに変わり、エクストラ種族への進化が開始されましたよ。なんですか? 私とエクストラは繋がっていいるのでしょうか。
〈エクストラ種族への進化が終了しました。進化した種族は読姫です〉
変わっていませんね。バグでしょうか。それとも、読姫は進化しない種族なのかもしれませんね。
どちらにしろ、よくわからないまま進化するよりは良かったです。予想はできるのですけれどね。
私は神芽の実というセフィロトの樹の実とは違うものを食べていて、神芽の実はとても貴重なもので進化を促す効果があるというところでしょうか。
〈進化に失敗したため、神芽の瞳を埋め込みます〉
埋め込むってなんでしょう。とても怖いのですが、私の意志など意味をなさないのでしょう。ゲームですから、勝手に進んでいくでしょうし。
〈神芽の瞳の埋め込みが成功しました。以後、神芽の瞳は埋め込まれた者の成長と共に成長していきます〉
私の成長と共に成長するのですか。面白いですね。瞳はどうなっているのでしょう?
「右の瞳が緑色になっているのです! 瞳の中に金色の線で模様が描かれているのです」
「ほ、ほんとだっ。なんでっ?」
右の瞳が緑色になっていて、瞳の中に金色の線で文様が描かれているのですか。
ということは、神芽の瞳は右の瞳ということですね。どのような模様なのか気になります。
ちなみに私の瞳は碧眼で、髪の色は黒色です。弟なのでウィレンも私と同じ碧眼なのですが、髪は違って銀髪なのですよね。
「私も詳しいことはわからないのですが、この瞳は神芽の瞳というそうです。神芽の実を食べるとエクストラ種族に進化するようですが、私はなぜか進化しなかったのですよ。進化に失敗したことで、新芽の瞳を手に入れました」
「そうなのか。まっ、読姫自体がエクストラ種族だからな。進化しないのも納得だ」
そうだったのですね。読姫はエクストラ種族だったのですか。そもそも、エクストラ種族というものがあると初めて知りました。
「研究したいのう、研究したいのう。眼球抉り出して研究したいのう」
聞こえてきた声に背筋を震わせます。足音もしていなかったので、余計に怖さが増しています。
足音がなかったという点を置いておいても、怖いものは怖いのですが。
この人は私の眼球を抉り出して研究したいと言っているのですよ? 怖いに決まっているではありませんか。
「ヴェルじい! 眼球を抉り出すのはやめてくれ!」
「やめてほしいのです」
「やめないと許さないんだからねっ」
私を抱きしめながらウィスペルは怒っています。ウィスペルが抱きしめることができるほど背が小さい。私、とても悲しい。
「冗談じゃわい。わははははっ」
「ヴェルじいの冗談は冗談で済まされねえよ!」
「わはははっ。わはははっ」
震えあがるほど怖かったのですが、冗談だったのですね。とても、とても安心しました。
今の心境を表すと、面白いお爺ちゃんの登場ですかね? 面白いだけで済ませることのできる私は、ある意味とても怖いような気がします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます