第5話 お兄ちゃん、死んで!
「残念だよ、朱音」
「ち、違う……これは、違うの!」
「違う? そんな下手な嘘を。もういい、部屋から出て行ってくれ」
これ以上の言い訳は聞きたくなかった。
もう朱音と話すことはない。
「まってよ、お兄ちゃん!」
俺は朱音を追い出し、扉を閉めてカギをかけた。
もう無理だ。限界だ。
きっと朱音との生活も、これで終わりだ。でも後悔はない。これで良かったのだから。
ベッドに身を預け、俺はまぶたをゆっくりと閉じた。
気づけば眠気に襲われ、そのまま眠ってしまっていた。
「…………ん。眠っていたか」
ふと起き上がると外はもう日が昇っていた。そうか、昨晩はそのまま寝落ちしてしまったか。
スマホを見ると瑠海さんからメッセージと……朱音から恐ろしいほどのメッセージと着信履歴が……。おい、軽く100件は超えているぞ。どんだけ送ってきているんだ。
軽く覗いてみる。
朱音:ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。お兄ちゃん、わたしを許して! お願いだから……!
分からないな。
この俺にこだわる意味は……?
さっさと家から出て行って千城先輩とよろしくやればいいじゃないか。なのに、謝罪の言葉がずらりと。
……やれやれ、俺も甘いな。
朱音を家から強制的に追い出しても良かった。だが、俺はそこまで鬼になれなかった。長年の付き合いのせいか、妙な情けをかけてしまう。
けれど、決別も時間の問題だろう。
俺の心はもう瑠海さんのもの。
俺自身も瑠海さんとの時間を大切にしたいと考えている。
だから、もう一度だけ朱音を話し合う。きっと、これが最後。
リビングへ向かう。
さすがに腹も減ったのでなにか食べたい。台所へ向かおうとすると、気配があった。……な、なんだ、この殺気のようなもの。
――って、うわッ!!
「お兄ちゃん、死んでッ!!」
ブンッ……っと、刃が俺の首元をかすめた。
ウ、ウソだろ……!!
朱音のヤツ、包丁片手に襲いかかってきやがった!
「朱音……お前」
「あは……あはは……。お兄ちゃんのことこんなに愛しているのに!! なんで、わたしのこと捨てるの!!」
「先に裏切ったのは朱音の方だろ!」
「仕方ないじゃん……。わたし……望んで千城先輩と関係をもったわけじゃないもん」
「は? 意味がわかんねぇよ。お前、支離滅裂すぎだろ! てか、包丁を下ろせよ、あぶねぇだろうが!!」
だが、朱音は病んでいるような瞳で俺をにらむ。だ、だめだ……説得には応じてくれそうにない。実力行使しかないか。
いや、包丁を持つ相手に対抗するのは難しい。
「千城先輩がわたしを襲ってきたの……」
「お、襲ってきた?」
「そうだよ。学校の帰りに話しかけられて、それでね、人気のない場所に連れていかれて……脅されて、酷いことされたの」
「それが本当なら事件じゃないか!」
「うん、千城先輩は警察に言ったら裸の写真をバラまくって脅してきた。だから、わたしは先輩の言うことに従わなきゃいけなかったの……ごめんね」
そうだったのか……俺はなんて勘違いを。
朱音は被害者だったんだ。
なのに……なのに!
俺が馬鹿だった……。
「…………朱音、すまん。お前に酷いことを……言ってしまった。殺されても文句は言えない」
「分かってくれればいいの」
包丁を落とす朱音は、俺を優しく抱きしめてくれた。
そうだよな、朱音が俺を裏切るはずなかったんだよ。もう一度だけ……信じてみよう。
直後、スマホに着信が入った。
ああ、そういえば瑠海さんのメッセージを見ていなかった。
そうだな、瑠海さんには事情を説明して……お付き合いはなかったことにしてもらわなくちゃ。
スマホを覗くと、そこには驚くべき文字が。
瑠海:隼くん、妹さんを信じてはダメよ!
……え?
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