第3話 努力は盗まれ、悪夢への一歩を踏み出す。

「いや、傷みとかはどうかね」

 神野は、被験者の様子を見に来ている。

 基本治療は、研究所の常駐医師が行う。

 むろん先生は、実験内容は知らない。


 神野自身も医師免許は持っている。

 そうでないと、手術はできないし当然だろう。


「ああっ。先生ありがとうございます。もう、前の通りに体を動かせます」

「それは良かった」

「一月前、ここに来るまでは、ひたすら、無理だとと言う言葉と、諦め前を向いて生きることだけを考えろ。それしか、言われませんでしたから。自分で歩き、行動できる。わずか一月ですよ」

 彼は興奮気味に言葉を伝えてくる。


「まだ、動けるだけだから、無理はしないようにね。今無理すると、取り返しが付かなくなる。制御用センサーと、筋肉コントロール用のチップは、主要筋肉に埋めてあるが、過負荷を掛けると筋繊維がはじけるかもしれない。今君は超人になっているしね」

「そう。そうですよね。握力が、指一本で、百キログラムを振り切っていましたよね」

「そう、騒ぎになるから親しい人にも内緒にしてね」

「そう言えば、守秘の書類にサインをしましたね」

「その通り。守ってね。お大事に」


 軽く、会釈をして、部屋を出る。


 ふむ。テストは上々。

 データを数値化して、国防関係者に値段を提示して貰うか。所長に。



 さてそんな実験室に、招かれざる女が一人。

 彼女は、物が欲しくなったら抑えが効かず。借金がかなりある。

「民間の研究所なら給料が多いと思ったのに。月五十万円も行かないじゃない。当てが外れたわ」

 彼女はそう言っているが、年収は八百五十万円を超える計算になっている。

 ただ、所得税や、住民税、保険代その他諸々、引かれる額は所得により大きくなる。


 まあそれで困った彼女は、男性職員をたらし込み、朝になって責任を取れとおどして金をせしめて今月の支払いを何とか済ませる。来月分のため彼のIDを奪い、夜中に研究所に忍び込む。


 当然認証端末にはカメラも付いているが、そんな事にも頭は回らない。


 たまたま、おどした相手が、管理主任だったため神野の研究室まで到達できてしまった。


 実験用ラテックス手袋をはめ、周辺を漁る。

 そして、専門外でよく分からないが独特の嗅覚で、ナノマシンのコアに関するリポートと保存してあるコアを発見する。

 持参したバッグにすべてを詰め込み、退出。


 研究所を後にした彼女は、二週間後。二つほど県をまたいだ港で、海に浮いていたところを発見された。



「盗まれた物は、把握できたか?」

「ええまあ。プリントアウトしておいたデータと資料ですから。コアも専用コア五種類程度でしょうか。マルチタイプは大丈夫ですし、温度管理ができていなければ最長十日ちょっとで死滅すると思います」


「君がそう言うなら、信じよう。だが今の世界、数時間あれば地球上を一周できるからな」

「トラフィックチューブRは、あの手の物は持ち込めないでしょう」

 トラフィックチューブRは物流を変えた、移動システム。

 チューブの中を、真空にするのではなく逆に圧送する。エアーシューターと呼ばれていた輸送装置の電車版。

 基本動作は、ローレンツ力による動作。


 ただまあ、フル加速やフル停止などすると、中の人間はミンチになるため、その部分。加減速のマージンが必要で、短距離には使用できない。


 短距離にはトラフィックチューブMが使用される。

 これは、モーター駆動。乗り場は、市街地だと百メートルに一つあり、一人乗りから十名までのツアー用まである。


 これのおかげで、痴漢などと言うものは存在しなくなった。

 それに、自家用車はなくなり、緊急車両や、配送関係以外ほぼ通行はなくなり、道路自体が淘汰され掛かっている。



 その頃、ユーラシアの端にある王国国家。

「日本において、開発中の先端技術を入手しました」

「内容は?」

「よく分かりませんが、目に見えないデバイスで、意識に作用するようです。後燃えるとか、いくつか種類があり、それにより働きが違うようです」

「再現は可能か?」

「いえ、えーと」

 そう答えると、ギロッと睨まれる。


「お任せください」

「良しそれなら、試せ」

「はい。お任せください」

 やべえ。何とかしないと。


 その晩、付いてきた文書をひたすら読み、このカートリッジ状の物が、ナノマシンの製造プラントだと理解をする。

 ただその構造が不明だ。カプセルに関する説明が一切ない。


 そうカプセルは、培養装置だが、血管を通して温度と湿度。栄養源を供給する。

 中に種となる、ナノマシンを入れて培養し、ある以上になれば放出するだけの器。

 特殊な物は、生体の免疫機能が入ってこないようにする、バイオフィルターのみ。


 焦っていた彼は、適当な部屋の環境で適当な器をまねして作り、その中にナノマシンを移し、適当なコアを作る。

 そして、その株は、予期しない変異を起こす。


 そして、変異ウィルスによる、新たなる世界が始まった。


 彼は翌日、免疫関係なら牛だよね。そう思って、コアを埋める。

 血管を繋ぎ、縫合をする。


 その数日後、牛は一度死を迎える。

 その時にも、近くに行くと、苦しみとつらさが、精神波として撒き散らかされていた。そのため誰も近づけず、放ったらかしにされる。


 そして死んだはずの牛は、変異ナノマシンの力により生体活動を開始する。

 そう。二足歩行の二メートルを超える、筋骨隆々の牛。

 ひずめは細分化し指となっていた。

 そして、元の特性。精神攻撃をすることができる。


 此処に、現地球で初めてのモンスター、ミノタウロスが爆誕。いや、こそっと誕生した。世間を騒がせるのはもう少し先になる。

 彼は、ナノマシンを傷から与えることで、感染させて仲間を増やすことができる。  さらに、精神波でモンスター相互で統合戦術情報伝達システムのような攻撃も行える。

 強力無比な力で、飼育室の薄い壁をぶち破り、外へと出ていった。


 数日後、彼は頭痛がしないことに気がつき、飼育室として使っていた牛舎を覗く。

 牛は一頭もおらず、奥側の厚さ十センチメートルの、コンクリートブロックの壁もぶち抜かれていた。

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