第117話 子どもの場所

「でも、らざく料理上手」

せっせとビビベリーを摘みながら、一応メリットもあると伝えておく。

むしろ、ラザクのメリットはそれしかない。

「いやいやいや、料理が上手な人は他にもいっぱいいるから! なんでわざわざ! 詐欺師を雇うのよ?!」

……なるほど? ぐうの音もない正論だ。

「せいりあ、かちこい……」

目を瞬かせた私に、セイリアは盛大に眉尻を下げてため息を吐いた。


「本当、大丈夫……? あのお兄さん、しっかりしてると思ったんだけど……もしかして騙されてたり?」

「りと、らざく好きなない。大丈夫」

「それ、大丈夫って言うの?! ますますいらないじゃない、その詐欺師! 捨てちゃいなよ!」

私は、静かに首を振った。

「らざく、借金返済のひちゅようがある」

いらないけど、捨てるわけにもいかないリトの悲しい事情。しっかりきっちり取り立てるものは取り立てておかねば、逆に舐められてしまいそうだから。


「あー、借金の形にタダ働きしてる感じなんだ。なるほどねえ……けど、それなら他に、もっと気の置けない素敵な仲間を作るべきだと思う! 仲間が詐欺師だけなんて嫌じゃない?!」

まあ、ラザクはある意味究極に気を使わない相手ではある。遠慮や気配りなど欠片も必要ない。

その点では、最適解かもしれない。

それに、リトの仲間は、私がいる。

リトが抱っこするのも、一緒に寝るのも、私がいるからいい。

ラザクは、ラザクだからいいのだ。

そう、つまりそういうことだ。形のない何かが腑に落ちて、一人で頷いたのだった。



「そろそろ別の場所に行く? いっぱい採れたでしょ?」

陰った手元に気付いて見上げると、セイリアが私の小袋を覗き込んで笑った。

「ちやう場所?」

「そう、他にもオヤツが採れる場所、知ってるんだから!」

なんと魅力的な……! だけど、ビビベリーもまだ採りたい。

逡巡する私に、セイリアはくすりと笑って石垣に腰掛けた。

「じゃあ、その袋がいっぱいになったら教えて!」

セイリアは、もういいのだろうか。

再び地面に向き合った私は、早くいっぱいにすべく目を皿のようにした。


……ただ、そうすると他のものもたくさん目に付くわけで。

「せいりあ、これ何」

「何って……石? そっちは……貝殻かな」

丸くて、すべすべした石。トゲトゲした貝殻。いい形の棒。

地面には、いいものがたくさん落ちている。

「そんなもの集めてどうするの……とはいえ、私もちょっと覚えがあるなあ。自分の宝箱とか作っちゃいなよ!」


宝箱! そのファンタスティックなアイディアは、一気に私の鼓動を早めた。

両手に持った『宝物』を大事にカバンにしまい、さらなるお宝を探す。

赤褐色に透き通った綺麗な石、白く風化した何かの骨。それから、それから……

「弟子よ、こんな場所でゴミ拾いして何とする?! ばっちいから!」

宝物は、得てして埋まっているものだ。汚くなどない。



嬉々として宝物収拾していると、こつんと頭がぶつかった。

石垣……と思ったけれど、形が違う。

「あっ! 危ないよ?!」

飛んできたセイリアが、がっちり私を捕まえた。

「何が、あむない?」

「落ちたら大変だから! ちっちゃい子ってよく井戸に落ちるじゃない?」

なるほど、やはりこれは井戸らしい。


石垣に比べると廃墟感が少ないのは、きっとまだ使う人がいるからだろう。現に、きちんとロープが掛かっている。

「りゅー、見たい」

そう言って伸び上がったのに、引きずられるように井戸から引き剥がされてしまった。

「ダメダメダメ! 井戸はホントダメだから!」

そう言われると、余計に見たい気がする。


「こら! 井戸で遊ぶんじゃない!」

ふいに大人の声がして、二人して振り返った。

町の人だろうか、壮年の男性が、困った子どもたちだと言わんばかりに眉根を寄せている。

「違うの、私はこの子を止めてただけよ!」

「そうかい、ならいいがね? 昔からその古井戸には恐ろしい魔物がいて、遊ぼうとする子どもを引きずり込んじまうんだぞ……?」

わざとらしい低い声に、私たちは顔を見合わせた。


「そんなの通じませんー! 私、聞いたことないし!」

吹き出したセイリアに、男性はこれ見よがしに拳を握って一歩近付いた。

「つまり……げんこつの方が良いってことだな?!」

セイリアが悲鳴……いや歓声? をあげて素早く私を抱え上げた。

しかし、いくらも走らないうちにバテて私を下ろしてしまう。


「せいりあ、隠れる? りゅー、大人に勝てない」

私たち二人がかりでも、きっと勝てない。ラディアントンで隙を作ればなんとか……。

そっと振り返って、まだ追いかけてくる姿が見えないことに安堵した。

一瞬キョトンとしたセイリアが可笑しそうに笑う。

「あんなのフリよフリ! 追いかけてくるわけないじゃない。リュウ君、本当に何も知らないんだね」

怒っていたように見えたけれど……そうではなかったらしい。


「いい? 立ち入り禁止には2種類あるんだから。本当~~にダメな所と、気をつければいい所! あそこはさ、古井戸があったり、古い石垣があるでしょ? 怪我しても自己責任ですからねーって言ってるだけよ」

なるほど、免責事項というわけか。

……つまり、さっきの場所は立ち入り禁止だったんだろうか。それは、怒られる。

「立ち入り禁止は、入っただめ」

「あそこは大丈夫な方! だってほら、さっきの人だって入ってたでしょ? 絶対ビビベリー採りに来たんだよ! もう、大人っていっぱい採るんだよね~また他の場所探さなきゃ」


ブツブツ言いながら丘を下ると、黒々と濡れた岩場が広がっていた。向こうの方で波が白く飛び散っているのが見える。

「砂浜なない」

「そう、絶好の収穫スポットよ!」

柔らかくて、温かくて、優しげな顔をしていた砂浜とあまりに表情が違って驚いた。

ゴツゴツした岩は痛そうで、あちこちに貼り付いた貝がさらに刃物のよう。素足で歩くなんて、とてもじゃない。


「収穫? ここも、おやちゅある?」

ずんずん進んでいくセイリアを見上げると、得意げな顔が返ってきた。

「もちろん! だけど、危ないから離れないでね。転ばないように気をつけて! あと、絶対何も触らないこと!」

「どうちて?」

「刺すやつ、噛むやつ、毒のあるやつ……小さいけどいっぱいいるんだよね」

ほら、と指した岩場には何もいない気がする。首を傾げると、セイリアは肩を竦めてそちらへ歩いていった。


「!!」

セイリアが大きく足を踏み出して岩場に足を掛けると、あろうことか岩の凹凸がさわーっと移動した。

「うええー気持ち悪っ! 弟子ぃ、こんなとこ行くのォ?!」

ファエルの悲鳴に私もびっくりしたけれど、ペンタが鳴かないから、きっと大丈夫。

「何これ、まもも?」

「魔物じゃないよ、ただの虫とかカニとか、そんな感じ。勝手に逃げていくけど、掴んだりすると刺すからね」

私の手の平半分ほどの灰色っぽい何かが、もの凄いスピードで岩場を移動していく。まるで動く絨毯のようで、面白い。


「りゅーのこと、怖い?」

私が進む道が、さあっと拓けて行く。

私は、意地が悪いだろうか。つい、足を踏みならして追いかけた。

「はいはーい、ストップ。セイリアお姉さんの言ったこと、ちゃんと聞いてたかな?」

またもやむんずと捕まえられて、ハッとその手を握った。

「りゅー、離れない」

「よろしい。あとさ、この場所でそんなことしないとは思うんだけど、念のため言っておくね? 絶対絶対、何か拾って口に入れないこと! 毒のあるやつ、結構いるよ?!」

「…………」

普通はしないのか。

海鮮、美味しいのに。もう塩味がついているのだから、このまま食べても美味しいだろうと思ったのに。

聞いておいてよかった。

素知らぬふりで頷くと、セイリアは乾いた笑みを浮かべて私の手を握り直したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る