第115話 鼻歌
弾む足取りと、ご機嫌な鼻歌。
眩しく白い建物の中、きらきらする海を見ながらまっすぐ坂を下りていく。
「いやあ、粗暴な保護者がいないとせいせいすらぁね! さて弟子よ、どこへ行く? 良いか? 手持ちは限られておる。おやつは吟味して選択せよ!」
鼻歌が止まったかと思うと、目の前にファエルが飛んできた。
「おやちゅ、くらもの買う」
「果物ぉ~? えーー……ま、いっか! それだとそうそうハズレはないわな!」
頷くと、ペンタもピィッと鳴いた。ペンタも食べるのだから、果物でなければ。
肩に腰かけたファエルから、再び陽気な歌が聞こえはじめる。
「わ~がつばさぁ、いずれきりと~きゆとぉも~しるべなぁきみちの~」
聞くともなしに聞いていたけれど、割と小難しい歌である気がする。
「ふぁえる、何の歌?」
「歌? おお、この歌に興味があるとは感心。これはアレよ、知識への賛美歌よ」
「りゅーも、歌う。おちえて」
そう言えば、私は歌を歌ったことがない。リトも、歌っているのを聞いたことがない。
「よしきた! このファエルの美声、とくと味わうがよかろう!」
大きな口を開き、胸に手を当て、ファエルが歌う。
上手なのかどうか、私には今ひとつ分からないけれど。
さっきまでの歌はファエルアレンジだったのだろう、雰囲気が違う。
そして、古風というのだろうか、賛美歌というのがしっくりくる。
『満ちる空 消えゆく星 天より零れし垂珠の如く
その根に宿る 知恵の流れよ 永劫を照らせ
果てなき光 御身に宿し』
多分、今歌っている部分を文字に直すとこうなるだろう。割と静かな歌だ。
「かくぅももろぉき~うつわに込め~られし~ことわりぃ~」
悦に入って歌うファエルの口を、むんずと掴んだ。
「はんむっ?! んんんむっ?! ちょっとぉ! 何よ、我が気持ちよく歌ってるってのに!!」
「それなない。さっきの歌がいい」
私の手を振り払って怒るファエルが、途端に機嫌を直した。
「ふふふん? 我がオリジナルアレンジを気に入ったとな? まあまあ見込みあるではないか。では、我に続くがよい!」
再び始まった陽気な歌。
そう、これがいい。
「たらよう~こちょ~のはぁ、たまねしせいちゅうよぉ」
ファエルの真似をして、手拍子しながら歌う。
中々、楽しい。
「ド下手くそっ! 音感ゼロか! リズム感どこへ捨ててきた?!」
ファエルは怒るけれど。
だけど、私は楽しい。
ちゃんと覚えて、リトにも歌ってあげよう。
リトも、歌えば良い。
「――おっかしな呪文が聞こえると思ったら! この間の……えっと、リュウ君!」
わざわざ前へ回り込んで来た人が、私の顔をのぞき込んで笑った。
「せいりあ。呪文なない、歌」
おや? セイリアとは、オヤツを買った後に遊ぶ予定だったのに。
なぜこんな所にと思ったけれど、何のことはない、見回せばいつの間にか海岸通りまで下りてきていた。
「りゅー、歌覚えた。――みちゆしょら、消えゆくほちぃ~」
今覚えたばかりの歌を披露すると、セイリアが乾いた笑みを浮かべた。
「歌、かぁ~、なかなか……うん、個性的! と、ところでさ! 今日はあのお兄さんは? 一人で遊んでるの? もしかして、私を探してた?」
褒めたのだろうか、と小首を傾げるうちに、矢継ぎ早に質問が来てしまった。
「りゅー、おやちゅ買いにいく。せいりあは、後で」
「何で後回しにするのよ! どうせなら一緒に買い物した方が心強いでしょ?」
ばいばい、と手を振って歩き出そうとすると、慌てて肩を掴まれた。
「ここよ強いない。りゅー、一人で買いももする」
きっぱり首を振ると、セイリアは『ははあん?』とラザクみたいな顔をした。
「じゃあ、私はついていくだけ。買い物はリュウ君が一人でしてね? 私、ひとつも手伝わないからね?」
それなら、いい。
こくり、頷いた私に微笑んで、セイリアが私の手を取った。
私の手を握る、細い指、柔らかい手の平。
「せいりあ、手々ちったい」
見上げると、『ぶっ!』と変な音をたててセイリアが吹き出した。
「いやいやリュウ君の方がずうーっとちっちゃいよ?! あ、そっか! あのお兄さんに比べたら、うん、そりゃそうよ」
カラコロ笑う声が響く。セイリアは、笑うときにいい声が出る。
私も、そんなだったらいい。
「それで? さあ、お目当ての所へ連れて行ってね! そうだ、私がもっと良い歌を教えてあげるよ!」
「何と言う言い草! 気高く崇高なる歌を理解できないとは……嘆かわしくも愚かな生物よ」
「うわ出た、変なヤツ! あーっ、もしかしてリュウ君、このカエルに教わった? ダメだよ、それ変な呪文かもしれないでしょ!」
そうか、魔法のある世界……詠唱によって何らかの事象が起こる世界。なら、言葉には気をつけなくてはいけないのかもしれない。
「ちょっと弟子ぃ?! 何納得したような顔してんの? そんっな簡単に詠唱のみで魔法が発動したら、誰も苦労しないっちゅーの!!」
「簡単なない?」
「ないっ! 詠唱は当然、さらに魔力の流れも紡ぎ方も……とにかく! ライト、つって光りゃ誰も苦労しないわけ!」
そうなのか。だけど、見せてもらえればできると思う。
あの、契約の魔法のように。
詠唱も、動作も、魔力も、全てを同じにすればいい。
「リュウ君ってば、魔法使いになりたいの? 有望じゃん! 生活魔法だけでも、船乗りには重宝されるよ~!」
「魔法ちゅかい……」
私は、魔法使いになりたかったのだろうか。
腰の木剣に目をやり、リトを思い出す。
あんな風になりたかったけれど、どうも、私の身体はあまり動くのに向いていない気がする。
だったら、魔法使いでもいいのかもしれない。
「じゃあ、魔法ちゅかいにする。せいりあ、魔法の本、知ってる?」
「魔法書? 私は知らないけど、ここは港町だもん、あるんじゃない? ほら、商店街の方で探してみるのもいいんじゃない?」
指さされた先に、商店街の入り口がある。
おや、色々思案していたせいで、危うく通り過ぎるところだった。
「りゅー、魔法の本探す!」
「弟子よ、まずはオヤツだ! 当初の目的を忘るるなかれ!」
息巻いて商店街に踏み込むと、目を皿のようにして店をのぞき込んだ。
恐らく、魚を売っている店にはないだろう。
「あ、干ちめな!」
乾物のお店ではなかったけれど、ここにも干しメナがぶら下がっている。
カラカラに乾いて、固そうな干しメナ。目に留まった瞬間、口の中がじゅわっと唾液で溢れた。
「干しメナ、よく知ってるね。美味しいけど高いんだよねえ」
セイリアの残念そうな声で値札に目をやり、カバンから小袋を引っ張り出す。
ちゃらり、と鳴る小さな鈍色の硬貨と値札を見比べ、目を瞬いた。
「干ちめな、高い」
リトは簡単に買っていたのに、結構高価だ。メナ自体が高いのだろうか……。
「リュウ君、オヤツって何を買うの? ナナンの実? 海ラダ?」
どちらにも聞き覚えのない私は、小首を傾げた。
「りゅー、くらものがいい」
「果物って、干したやつよね? 黒ブドウくらいなら買えるかなあ……」
私の手元をのぞき込んでいたセイリアが、少し自信なさそうに言う。
もしかして、果物も高いのだろうか。だからリトがしつこくお金を足してやると言っていたのか。
「じゃあ、ひとまず乾物屋に行こっ! でさ、高いなと思ったら良いところ教えてあげるよ!」
繋いだ手が引っ張られ、歩む速度が早くなる。
「いいお店?」
「ううん! 良いところ!」
イタズラっぽくそう言ったセイリアは、スキップしながら私を引っ張っていったのだった。
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そしてKindleアンリミテッドに登録されていれば無料で読めます!
色々トラブルは山積みでしたが、Kindle登録できたので、これからKindleで他にも出してみたいなとわくわくしています!
デジドラ自体もガッツリ改稿して電子書籍化してみたいな!!
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