第114話 稼ぐに必要なもの
カチ、カチ、カチ。
リトの踏み出す一歩一歩に合わせて、赤と黄色の瓶が鳴る。
宿までの道すがら、私はじっと布袋の中を覗き込んでいた。
これを全部食べたら、また違うジャムを買いに行ける。
あんなにたくさんあったのだ、全部食べてみたい。そのために、私も収入がほしい。
と、ふいに気がついた。
「りゅーのお買いもも……! りと、ジャム買った!」
「なんだよ? 欲しかったんだろ?」
欲しかったけれど、そうではない。
「りゅーの、お金!」
訝しげだったリトが、しまったという顔をする。
「あー。なら、赤いジャムはお前の金で買ったってことで……」
「ちやう、りゅーが買う」
私自身が、ちゃんと選んで、自分で支払いたかった。
「もう買っちまったからな。なら、明日好きなオヤツでも買えばいいんじゃねえ? けど、お前の金っつっても薬草類だからなあ……使ってるとすぐなくなるぞ?」
「りゅーも、おしごこする」
「お前が? 何すんだよ。言っとくが、町の外はダメだぞ」
外に行かないと、薬草類を摘むこともできないのに。
私ができること……宿でおかみさんの手伝いをしたことを思い出す。だけど、あれはお手伝いだからこそ。給料をもらうなら、おかみさんのように動かなければいけないのだ。
両手で皿を6枚も持っていたおかみさんを思い出し、小さく首を振った。どう考えても不可能。
店番……無理だな、私しかいないとなれば、盗り放題祭りが始まるだろう。何なら私ごと盗って行かれるかも。
「……お手紙のはいたちゅとか、ことじゅては? りゅー、道案内もできる」
「できんのは分かるんだけどな……? 任せられるかっつーとな……」
「幼き弟子よ、ぬしのナリではせいぜい店頭で踊って、人寄せするくらいよ」
リトが苦笑し、ファエルが肩をすくめた。
他にも知識を活かした解説や指導など、頭脳労働方面では非常に役に立つと思ったのだけど。
そうか、私の見た目が問題か……。
「じゃあ踊る、おちえて」
手足をばたつかせると、リトが歩みを緩めて私を下ろした。
「ふむ、仕方在るまい。我がキュートでプリチーなおひねりフィバーダンスを教えてしんぜよう」
こくり、頷くと、ファエルが神妙な顔をして両腰に手を当てた。
真剣な顔で私も腰に手を当てる。
「弟子ぃ、ドンクサっ! なんでよ、ファエルそうじゃないでしょ?! こう、キレよく!! こうして腰をフイッフイッ、しっぽはシュピッと!!」
その通りにやっている、はずだけれど。でも、しっぽはないし。
「ふはっ! わはははっ! 腹が痛え!! やめろやめろ、マジで目を引く」
目尻を拭ったリトが、真剣に踊る私を抱え上げてそそくさと歩き出した。
「りゅー、上手ない?」
「……くっ! ある意味、上手っつうか。人寄せにはいいだろうけどな」
リトが小刻みに震えている。人寄せにいいなら、上手ということじゃないだろうか。
「弟子ってなんでそう無表情なわけ? ダンスっつうのはさ、笑顔振りまいてナンボよ? おケツふりふりしながら無表情って、怖いよ?!」
「まあ、それはそれで……割と……」
「保護者ぁっ! 子煩悩発揮しないっ!」
ファエルは、ダンスに厳しい。私はそもそも笑顔が下手らしいから、難しいのかもしれない。
「弟子ってさ~声も大人しいし、呼び込みすら無理じゃん。いやまったく、我が弟子として情けな――ふぎゅ」
リトがファエルをポケットに突っ込んで、変な声がした。
「…………」
私は、唇を結んで小さな手指を見つめた。
早く、大きくなりたい。いくらでも稼ぐ方法があるのに、今の私には使えない。
相応しい外見と、自由に動かせる身体と、自分の身を守れるだけの強さ。
強さは、もしかすると魔法で何とかなるかもしれない。だけど、他はどうだろうか。
「そんな考え込むことか? お前が稼ぐ必要は、ねえんだけどな」
ちょい、と顎を上げられ、リトの銀色と視線が絡む。
「でも、りゅーもおしごこしたい」
「強情なヤツめ……。なら、そういうことは子どもに聞くのが一番だな」
子どもに? キョトンと小首を傾げると、リトは少し迷うように頷いた。
「子どもには、子どもの縄張りがあるからな……。ただ、普通は教えねえな。あの、何つったか、お前と遊んでやるっつってた子に聞いてみな」
「せいりあ?」
頷いたリトは、複雑そうな顔をしている。
「俺もそろそろ依頼を受けねえと、何もしてねえとそれはそれで目立つからな。ただ、お前を置いていけるかどうかが問題だな……記録館ならともかく」
当然、図書館なら丸一日存分に有効利用できるけれど。
だけど、町中なら魔物もやってこない。地理なら、リトよりもずっと正確に覚えている。
「りゅー、何も問題ない」
「お前はそうだろうがよ……!」
じゃあ、誰が問題なのか。
「海に落ちたり、馬車に轢かれたり、悪い奴らに絡まれたり、飯を喉に詰めたり、転んだり……やっぱ無理じゃねえか?! 置いて行けんのは宿か記録館くらいだろ?!」
転んだくらい、私でも対処できるのだけど。
「子煩悩も難儀なことよ、この師匠がおるではないか」
また顔を出してきたファエルが、やれやれと言わんばかりの顔をする。確かに、いないよりは……いいのだろうか? いない方がましだろうか?
「せめて、契約付きのラザクがいた方が……? いや、いない方がいいな」
きっぱり言い切って、リトがため息を吐いた。
いない方がいい者ばかり、近くにいるのだけど。頼れるのはペンタくらい。
「じゃありゅー、りとの依頼ちゅいて行く」
「無理だろ……採取系は連れて行ってやるけどよ」
あれもダメ、これもダメで、そろそろ私の頬も膨らんできた。
「無理ない! りゅー、依頼もちゅいて行けるし、町に一人で大丈夫!」
ただの幼児ではないのだから。リトは、私がAIだということを忘れていないだろうか。
「はあ…………。明日、オヤツ買いに行くんだろ? なら、一人で行ってみるか?」
願ってもない申し出に、私は大きく頷いた。
「じゃあ、りゅー明日おやちゅ買って、せいりあと遊ぶ。りと、依頼ちてきて」
「あっさりだな……不安とか――ねえんだろうな。俺だけかよ」
どこか不貞腐れたような顔で、抱える腕に力が込められた。
「心配いやないよ、りと、ちゅよいからね」
「俺の身は心配してねえよ?! そういう不安じゃねえわ!」
撫でる手を大人しく受け入れながら、リトはずっと私をぎゅっとしていたのだった。
「――いいか、たとえ金やカバンを奪われても、放っておけよ? 俺が後で――まあいい。あと、道路は端を歩いて、水の近くには行くなよ?」
「りと、りゅーはもう行く」
昨日からずっと聞き続けたセリフにいい加減飽き飽きしながら、リトの顔を押しやった。
「保護者よ……過保護も子煩悩も、ほどほどにせよ」
ファエルにまで呆れた視線をもらって、リトは不承不承立ち上がった。
ようやっと宿の出入り口まで来たのに、中々離してくれないから、私も段々不機嫌になろうというものだ。
「大丈夫かよ……。いいか、用事がすんだら宿に戻って部屋で過ごすんだぞ? それと――」
「りゅー、一度で覚えやえる」
また伸ばされようとする手をぺちっと叩くと、素早く扉へ手をかけた。
「りゅー、行ってくるかやね、いいこでね」
振り返って手を振ると、リトもなんとも言えない顔で手を振った。
ぱたん、閉じた扉を確認して、白く明るい外を見回した。
さあ、ここからは私の一人時間だ。
肩掛けかばんをかけ直し、木刀を確かめ、水筒を確認した。
大丈夫、準備も万端だ。
フンス、と鼻息も荒く、足取りも軽く、私はご機嫌に町へ繰り出したのだった。
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「りゅうとりと まいにち」ラスト通販開始しています。
今月末あたりまでショップに載せておきますね! 以降は引き上げて次回の文学フリマなどに出そうと思います。
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