第112話 ジャムを買いに

まだ地理の怪しいリトの前を行き、商店街に入る角を曲がった途端、人口密度が上がった。

「ふーん、この時間も割と賑わってんだな」

「人、多い」

以前にいた町とは、やはり雰囲気が違うものだ。他地域からの来訪者も多いのか、服装に統一感がない。

「迷子になりそうだな、ほら」

目の前に差し出された大きな手。私は、サッと自分の手を背中に回して首を振った。

「りゅー、手々ちゅながない。抱っこない」

こんなに面白そうなものがたくさんあるのに、捕まえられてはたまらない。

「くそ、知らねえぞ……!」

「まあ我がついておる、そうそう滅多なことはおきまいよ」

ファエルがついている方が、厄介事は多そうな気がする。


「じゃむの店、探ちて」

食料の売っている店は未加工の素材が多いし、乾物系は乾物のみだし、となるとジャムはどの分類になるのだろうか。

「雑貨店とか薬屋にあるんじゃねえか」

「どうちて、おすくり? じゃむののに?」

「薬草煮詰めんのと、似たようなもんだからじゃねえの?」

なるほど……? 作る人の作業で言うとそうなるのか。

それにしても、こんなにたくさん店があるのに、今日中に見つけられるんだろうか。


手近な店に引き寄せられた私は、まじまじと商品を見つめた。

「とりあえず、そこには売ってねえだろ」

今にも跳ね上がりそうな巨大な魚と目を合わせ、上の空で頷いておく。

丸ごとの魚、ぴかぴかの魚、初めて見た。

いつも調理された姿だったから。

私よりも大きな魚が、ガラス玉のような瞳を見開いたまま横たわっている。

形としてはカツオに似ているだろうか。ひれがトゲトゲして痛そうで、身体はナイフのように銀色に光っている。金属でできているみたいだ。


のぞき込んだ大きい樽の中では、リトの手の平くらいの黒い魚が、たくさん入って泳いでいた。

生きている魚……!

蓋代わりの金網を通し、じっと水中に目を凝らした。

と、水しぶきが上がって、魚が金網にぶつかってくる。どうして跳びあがってくるんだろうか。

次々跳び上がる魚を不思議に思っていると、リトに思い切り身体を引かれた。

「りと、どうちておかさな飛んでくる?」

「お前を食おうとしてるからだな。のぞき込むんじゃねえよ」

「りゅーを?」

驚いて目を瞬いた。あんなに小さいのに、私を食べるのか。食べるのは私の方だと思っていた。

思ったより、魚は凶暴だ。


「お前はジャムを探してんだろ? 魚は今買っても食えねえぞ」

そうか、ラザクがいないから。まったく、こんな時に何をしているのか。

半ば強引に背中を押されて通りへ戻ると、隣の店は乾物中心のよう。

「りと、ほちにく?」

指さす先にぶら下げられている、黒い棒。以前食べたしょっぱくて固い、干し肉。

「多分な。ここらだと魚系も多いだろうから、見ただけだと分かんねえけど。……つうかお前、この調子で全部の店を覗いていくつもりじゃねえだろな?!」

店主に声をかけたリトが、一言、二言言葉を交わして何かを買った。

「ほらよ」

指で引き裂いた何かが、私の口へ突っ込まれる。

ほのかに感じる塩気と、香ばしさ。干し肉だと思って迎えた口の中で、どうも違うらしいと感じる。


10㎝ほどの長さに割かれたそれを口から取り出して、まじまじ眺めてみる。

カチカチに固いけれど、干し肉のような厚みはなく、色合いも違う。

「干しメナだ、美味いだろ。海に漂ってるぶよぶよした変な生き物だ」

なるほど、もしかしてスルメかもしれない。リトの説明だとくらげっぽいけれど、この質感はきっとスルメが近い。

干し肉のように塩辛くなく、口へ入れていても不愉快じゃない。

食べ方だって心得たもの。端っこから徐々に徐々にふやかすように噛んでいればいい。

「ほちにくより、美味しい」

「干し肉より高価だからな」

そうなのか。

カシカシしているうちに滲んでくるうま味。歯の立たなかったそれが徐々に柔らかく、ついにはぶちりと引きちぎれる心地よさ。

掴んだ右手は段々ベタベタになっていくけれど、干しメナは好きだ。

一生懸命干しメナに集中する私を抱き上げ、リトが大きな歩幅で歩き始めた。


ちょうど干しメナが全部私の口の中へ収納された頃、リトが足を止めた。

「ここなら、ジャムもありそ――は?! お前、なんでそんな濡れて……まさか、どっから湧いて出たんだよ、そのよだれは?!」

口からに決まっている。

何を言っているのかと怪訝な顔をしたものの、まだ口の中は干しメナが入っているから。

「うわ、冷て、俺の服まで……! とりあえず顔を拭――違う! 俺の服になすりつけんな!」

大騒ぎしながら私を下ろすと、ハンカチで顔中を拭われた。

「干しメナを食う時は、よだれかけが必要だな……」

「リトがよだれかけちたら、ちょうどいい」

「なんで俺?!」

だってそうすれば、私がそこで拭うことができるのに。自分の顎下にあるより便利だろう。


ブツブツ言いながら自分の服を拭うリトを置いて、私は店の扉を見上げた。

通りに面してオープンな露店タイプと違って、店舗形式の造りで、大きな窓からは色々な瓶が並んでいるのが見える。

大きな扉を力任せに引っ張ると、カラカランと軽やかな音がした。

やや薄暗い店内に、所狭しと並んだ瓶やボトル。大小様々なそれらが、穏やかな光の中できらきらしている。

「おや、可愛いお客さん。気をつけとくれよ? ウチの店は割れるもんばっかりだ」

カウンターの向こうには、小さなおばあさんがいた。

続いて入ってきたリトが、私を捕まえる。

「待て待て、勝手に行くな。割れものばっかなんだぞ?! じっとしてろ」

なんて、おばあさんと同じようなことを言いながら私を抱き上げてしまった。

「りゅー、小さいから大丈夫。りと、気をちゅけた方がいい」

「どの口が言いやがる」

深いため息をついたリトが、私の頬をつまんだ。


「ふふ、確かに大きい兄さんだ。何かお探しかね? 小さい坊やはここに座ってるといいよ」

「ジャムがあるかと思ったんだが……」

カウンター前の高い椅子に座らされ、私は興味津々でのぞき込んだ。

おばあさん側のカウンターは一段低くなって、まるでキッチンみたいに流し台やコンロがある。

今もくつくつ小さく音をたてる小鍋が3つ。

粉が乗った紙がいくつか。

よく分からないものが入った瓶がたくさん。

「ジャムならあるよ、右端の二段目を見とくれ。悪いけど、気になるもんがありゃ持ってきてくれるかい? 説明するよ」

小鍋の蓋を開けたおばあさんは、流れるような動作で流し台に瓶を置き、布を張って小鍋の中身を注いだ。


「そえ、何?」

「これはね、腹薬だよ。坊やも腹具合が悪けりゃ使うといいよ」

ミトンをはめて瓶を掴むと、おばあさんが私の方を見てふふっと笑った。

耳かきのようなさじで紙の上にあった粉をすくい、瓶へ投入と同時にかき混ぜる。

「!!」

淡い黄色だった液体がみるみる緑になって、嘘のように黄色に戻った。

「面白いだろう? ほらほら坊や、目ん玉が落ちそうだよ」

目を見開いて乗り出す私に声をあげて笑い、慣れた仕草で瓶に栓をする。

知りたい。何がどう反応してそうなっているのか。


「りゅーも、できる?」

「うーん、お前さんにはちょいとばかり早いかねえ……しっかり勉強するといいよ」

「勉強、しゅき! 本読む!」

「おやおや、これは将来有望だね。なら、調合の本を読むといいさ」

私の後ろへ向かって言った気配を感じて振り返ると、すぐそこにリトがいた。

「お前、本は読めてもできねえだろ。何つうか、不器用だからな……」

「りゅー、できる!」

「危なくないのもあるからね、そっから始めな。で、お目当てのもんはあったかね?」


そうだ、ジャムだ。

リトが大きな手でいっぱい持ってきた小瓶は、色とりどりに輝いている。

「お前、どれがいい?」

「りゅー、全部」

即答すると、リトが深いため息を吐いて、おばあさんが吹き出したのだった。



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お待たせしました!『りゅうとりと まいにち』BOOTH倉庫へ送ったので、最終通販は数日後に開始されると思います。どうぞよろしくお願い致します!

ちなみに、干し肉の話はこのSSの中にあります。(読んでいなくても何も問題ないです)

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