第97話 美味しいバランス
「……お前、聞いてる? あのな、こういう場所でする話じゃねえと思うんだが」
向かいのリトは、不服そうに私にフォークを差し出した。小さなフォークの先には、クリームのたっぷり乗ったフルーツが刺さっている。
目の前の芸術品にかかりきりになっていた私は、素早く顔を上げた。
迷いなくあむりと食いついて、その甘みと酸味のバランスに頬を緩める。『甘い』はすごい。酸っぱいも、苦いも、全部美味しいに変えられる。
「俺さ、もう100年以上孤独に悩んでいたわけ。なんつうかさ、もうちょっとこう、それなりの雰囲気ってもんがあると思わねえ?」
頬杖をついてケーキをつつき、リトはどこか拗ねているように見えた。
私とリトは、約束通りケーキを食べに来ている。リトが話を聞けと言っていたから、あの続きを聞いていたのだけど。
私は、首を傾げて銀の瞳を見上げた。
「ほどよくしじゅかで、席の間隔も適切。無音なないから、会話も聞かれにくい」
「そうかもしれねえけどな?! 甘ふわファンシーすぎんだろ!」
こういう場所こそ、内緒の話は他へ漏れにくくていいと思う。それに、二人で会話のルールを決めた。
リトの呪いについて話す時は、『光る木』って言葉を使う。リトと私は、『光る木』について調べながら旅をする冒険者だ。そして、この情報は公に話していい。
「お外の方が、『光る木』のこと、知ってる人がいるかも」
そう、人がいる場所で話すメリットは、厄介ごとも寄せる代わりに、情報が集まる可能性だってあるだろうこと。
「まあな、俺が酒場で黙って飲んでるよりは可能性上がるだろうけどよ……」
まだ納得いかない顔で、リトはざくりと大雑把にケーキを刺して口へ運ぶ。ああ、勿体ない。もっとちびちび味わえばいいものを。
「情報、しゅくなすぎる……」
なぜ『光る木』なのか。それは、唯一の手がかりかもしれないもの。なんでも、リトの症状の心当たりといえば、それしかないんだそう。
「そう言われてもよ、そもそも心当たりねえんだって! いや、多すぎるっつうか。冒険者だからな、方々へ行ったし、色んな魔物倒したし、色んなもん食ったし、怪我もしたし、遺跡も入ったわ! それに、人の力でどうこうってモンでもないだろ? いつから、ってのも正直分からねえよ。もう、疲れたっつうか……」
途方に暮れたように椅子へ背中を預けると、すかさず紅茶のお代わりが注がれた。『ごゆっくりどうぞ~』と朗らかに去って行くお姉さんに、リトは何とも言えない顔をしている。
身体自体には何の異常もないのだから、気付くまでに何年も要したろう。リトが言うように、人間がかけた呪いだとは思えない。だって、それならかけてほしい人が殺到するだろうから。リトには呪いでも、他の人にとってそうとは限らない。永遠の命なんて、垂涎の的だろう。
「光る木……」
実際にどこかで見たのか、夢で見たのか、それすら定かでない記憶。だけど、妙に印象に残っているという。
「光る木自体はいくつか見つけたんだけどな、全然違った」
そういう木が複数あるなら、リトの言う木もあるかもしれない。それが、呪いに関わっているかどうかは分からなくても。
「りゅーも、あちこち一緒に探す」
「そうだな……どうせ点々としてんだもんな。また、探すのもいいかもな」
リトは、少しだけ目を伏せて紅茶を見つめた。
「たかや探し!」
そこには、ロマンがあると言う。光る木を求め、世界を股に掛けた冒険――魅力的な響きだ。
「お前な、嬉しそうにすんじゃねえわ! そんないいもんじゃねえだろ」
苦笑したリトが、私の頬をつまんだ。
いいではないか、楽しんでも。だってリトは今、どこも痛くないし、不都合もない。
私は悩んだ末に、小さいフルーツとクリームをスプーンに乗せて差し出した。
「なんだ? 腹いっぱいか?」
怪訝そうに身をかがめて乗り出すと、白いテーブルにぱさりと髪が垂れる。
「おいしい?」
「おう、美味いぞ」
ほら、やっぱりリトだってそうだ。
「しゅっぱいけど、くいーむと食べるとおいしい」
私は、スプーンを大盛りにして口いっぱいの甘酸っぱさを堪能した。
「しゅっぱいも、苦いも、甘いと一緒に食べたらおいしい。きっと、楽しいと一緒だと、『いいもん』になる」
キョトン、としたリトが、しばし静止した。
「……なんだよ、じゃあお前がソレになれるっつうのか?」
ぶすっとむくれたようにそっぽを向いた、小さな声。私は、自信満々に頷いた。
「りゅー、なれる。だって、いちゅも楽しい」
「あーそう。ま、お前は『甘い』しな!」
浮かぶ笑みを誤魔化すように、リトは咳払いして私の紅茶に砂糖を入れた。
コトリと置かれた砂糖壺めがけて、私も手を伸ばす。
「おい、袖! クリームがついちまうぞ!」
「あ……」
リトが慌てて私の肘を上げたものだから、袖は無事だった。袖の方は。
幸い、リトは私の服を確認することに余念がなく、気付いていない。
私はそっと砂糖壺を置いて、何食わぬ顔をすることにした。少々多くても、甘いだけだもの、美味しいだろう。
その後自分の紅茶に口をつけたリトは、粘度を増した暴力的な甘みに盛大にむせる羽目になったのだった。
「――あのよ、俺様、こうして大人しくついていってるわけですが」
ふいに、後ろを歩いていたラザクが恨めしげにリトを見上げた。大人しいかどうかは疑問の余地が残るけれど。
「昼前の馬車に乗るっつったじゃねえか! 歩きだなんて聞いてねえ!」
ジタバタ駄々をこねる様を見るに、案外体力が余っているらしい。
「しょうがねえだろ、のんびりして定刻過ぎちまったんだから」
「それはしょうがないって言わねえ!! お前らあの素敵なカフェで優雅にティータイムしてたんだろ?! 俺様があくせく小銭稼ぎしてる間に!」
おや、バレている。さすが情報屋。
「ケーキ、おいしかった」
「うるせえわ!」
感想だけでも伝えてあげようと思ったら、怒られた。
「てめえ、せめて歩けよ! 自分だけ楽しやがって!」
「りゅー、歩いていい?」
背負子に座っていた私は、いそいそ立ち上がってリトの首に腕を回した。
「ダメだ、まだしばらく歩くからな。……この馬鹿、せっかく大人しく乗ってんのに余計なこと言うな!」
怒られたラザクは、リトの足が届かないところまで逃げている。こういう時は実に素早い。
「ちなみにぃ、目的地はどこなわけ?」
んー、と考えるそぶりをしたリトが、肩越しに私を振り返った。
「お前、山と海、どっちに行きたい?」
「うみ!」
即答すると、陽光に煌めく銀の瞳が少し細められた。
「じゃあ、オリオストの町だな」
「え、じゃあって何。そんな適当な感じ?? いや俺様だって海の幸は食いてえし、金がなくても魚なら捕れんじゃねって……そうだな! 海がいいな! それがいい!」
大きく頷いたラザクが、少し機嫌を直して歩く速度を速めて並んだ。
「お前さ、魚料理のレシピとかもレパートリーある感じ? 俺様、海の魚は経験ないからな……これはチャンスだ」
「りゅーも、食べたことない」
なるほど、これはチャンスだ。私とラザクは深々と頷き合った。
「魚なんて、焼くか煮るかだろ? そんな変わるもんか? 新鮮なら美味いってだけだろ」
肩を竦めるリトに、私とラザクがキッと視線を険しくする。
「お前は分かってない! 料理ってのは同じ食材、同じものでも無限の可能性を秘めているんだぞ! お前は魚の可能性を馬鹿にしてる! 俺は食ったことねえけど!!」
「魚のおようり、いっぱいある! しゅぱいすも、そーしゅも、その組み合わせは無限大。焼くか煮るかだけなない! りゅーは、食べたことないけど」
リトはまくし立てる私たちをじとりと眺め、『食ってから言え』と言ったのだった。
◇◇◇◇◇◇
もふしら17巻の作業中にてこっちの更新遅れ気味!すみません!
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