SS はじめての大晦日

「おおみしょか……」


起き抜けにぽつりとつぶやいた私に、隣でぼやっとしていたリトが視線を向ける。


「なんつった? 耳? 耳がどうした?」

「おみみない! おみみしょか……なない!!」


リトがそんなことを言うから間違えたではないか。布団を叩いて怒る私に、リトは見当違いにおろおろして私の耳に手を伸ばそうとする。


「ちやう! 大晦日!」

「……なんつってるか分からん。耳は痛くねえんだな?」


不貞腐れて頷く私をひと撫でして、顔の半分まで開くんじゃないかと思うような、大きなあくび。

大晦日だ。明日は、正月。

私の中のAIの部分が正確に時を刻んでいる……ような気がする。

だって実際のところなんて、確認しようもないのだから。


「りと、りゅーは明日、おしょうがちゅ」


リトは、一生懸命首を捻って空に視線を彷徨わせ、私の言葉を反芻している。

期待を込めて見上げる私に、ちらりと視線を落としてそっと指を一本立てた。


「だから、おしょうがちゅ! ももちとおしぇち食べて、はちゅもうでちて、はちゅ日の出見る」


優先度順に言ってしまったけれど、まずは除夜の鐘を聞きながら行く年とくる年をお迎えするのだ。

私の、はじめてのお正月だ。


「うっ……分からん。何回聞いてもやっぱ分かんねえわ。何食うって?」


頭を抱えたリトに首を傾げ、はたと思い当たった。

そうか……考えてみればここは日本ではない。リトが知るはずもない。

だけど、初詣はなくても初日の出はある。

おせちはなくても、お雑煮やお餅の代わりはあるかもしれない。


まずは、リトに説明をしなくては。

私はさっそく紙とペンを取り出したのだった。



「へえ……お前のいたところでは、そんな遅くに鐘が鳴るのか。なるほどなあ、新年を迎えるために寝てるやつは起きやがれってことか。中々厳しいしきたりがあったんだな」


違う。そこはかとなく違う雰囲気が漂っている。


「ちやうの、かねは、しじゅかに鳴るの! しゅきで起きてるの!」

「いくら静かに鳴らすっつっても、うるせえよ。カランカラン鳴る、あれだろ?」

「そえじゃない、ごーんんん……って鳴るの!」


私の高い声では、表現できないけれど、私自身聞いたことはないけれど、鐘の組成や仕組みは知っている。あれは低く、低く、『ゴーーン』と鳴るのだ。

目いっぱいの低い声で、姿勢まで低くして余韻までたっぷり渾身の鐘を表現してみせる。


「…………」


リトが、また指を一本立てた。片方の手はしっかり口元を押さえている。

確かに、リトにとっては聞きなれない音だろうな。私の物真似で、少しでも伝わればいいのだけれど。

すう、と大きく息を吸って、音を吐き出すと共に体ごと沈み込む。

ん~~~の部分は、喉と唇が震えてさながら鐘の音そのものみたいで気分がいい。

肺の限界まで吐ききって、握っていた拳を解いて顔を上げた。

……リトは、ベッドに顔を伏せて震えていた。


「りと?」

「ふっ、うっ、は、なん、でもねえっ!」


身体を捩って苦しそうな様子に、不安になってさすさすと背中をさすった。

はあ、はあ、と荒い息をしてようやく顔を上げたリトの目には――涙が浮かんでいる。


「だい、だいじょうぶ?! りと?!」

「あーーー腹が捩れるとこだった。ないわ、お前その顔でそれは」


うに、と私の両頬をつまんだリトは、まじまじと私を見つめて、ぐっと変な声をあげて爆発しそうな頬をしたのだった。


「……で、今日は日付が変わる時間に起こせばいいのか?」


私はきっぱり首を振る。


「ちやう。起きてるの、はちゅ日の出まで」

「日の出ってお前……無理に決まってんだろが」


胡乱気な顔をしたリトが、肩を竦める。

大丈夫、対策は考えてある。


「りゅー、今から寝る。夜に起こちて」

「飯はどうすんだよ。つうか今朝だぞ? 今まで寝てたろうが」

「ごはんは起こちて」


それだけ訂正して、私はいそいそ布団に戻った。

ぱふんと布団に倒れ込むと、リトの銀の瞳を見上げる。

楽しみだ。

リトと、今年を送って来年を迎えるのだ。

除夜の鐘はなくても、お餅がなくても、おせちだってなくても、私のお正月はやってくる。

リトだって、ここにいる。


「嬉しそうな顔しやがって。分かった、ちゃんと起こしてやるから……起きろよ?」


こくり、と頷いた私は、目を閉じてにまにま上がる口角を感じていた。

どうしよう、これは眠れないかもしれない。

そう思って、次に考えたことはもう覚えていなかった。



「今まで寝てたヤツがもう寝るんだぞ。マジでちゃんと起きるんだろうな……」


リトは、がりがりと頭をかいて苦笑すると、柔らかなアイボリーの髪をかき混ぜた。


「うん? ……これ、俺は眠れねえじゃねえか」


やってくれるな、と笑って、ふくふくとした頬をつつく。

小さな唇が、小動物のように蠢いてよだれが零れ落ちる。


「なんだったか……ももち? 似たもんでもねえかな」


リュウが一生懸命説明してくれた特別な料理を思い浮かべながら、リトはそっとベッドを離れたのだった。








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更新お休みしてるので、せめて……


皆様、良いお年を!!

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