第63話 名実ともに

「光、水がイケるなら、火は簡単だろ。お前、それで生活魔法一通りできるってことだぞ? すげえな! めちゃくちゃ便利じゃねえか!」

「じゃあ、火がちゅかえたら、詠唱できる?」

「まだダメだっつうの。俺は専門外だからな……もっと魔法について詳しくなってからの方がいいと思うぞ。攻撃魔法は下手すると人が死んだり、お前が怪我するからな」


そうか……残念だけれど、生活魔法だって使い方によっては色々なことができるだろう。そもそも、火なんて、大きくなれば当然攻撃手段になるだろうし。

それに、この曖昧な魔法という概念について、私なりに消化する時間も必要かもしれない。

渋々頷いて、顔を上げる。


「じゃあ、ひとまじゅ火の魔法する」

「待て、待て待て! 火だぞ?! あの光みたいなことになったら、大怪我じゃすまねえんだぞ!」


それはそうだけれど。しかし、そんなことを言っていては永遠に火を使えないではないか。

きっと、古の人類が火を手にしたときも、こんな葛藤があったのだろう。

私が今、その境地にいるのかと思うと感慨深い。


「何考えてるか知らねえけど、それはなんか違うんじゃねえかって気がするな」


溜息をついたリトが小枝を拾い集めると、休んでいた木から離れた場所に積み上げるように置いた。


「まあ、ひとまず見てみろ。俺のを手本にすりゃあ、とんでもねえ威力にはならねえんじゃねえか?」


たぶん、リトのは参考にならないと思うけれど。だけど、人間が火を生み出すという超常現象を私に信じ込ませるには、効果的だ。

じっと見つめる私を確認して、リトは大きな手の平を上に向ける。


「魔力をなんかこう、手の上に集めて、ぎゅっとする感じだ。そんで、こうボッてやるんだよ」


それは、説明ではないなと思う。

思うけれど、リトの手の平には、ゆらりと揺らめく小さな炎が浮かんでいる。

そっと小枝に近づけると、それはごく普通の火と同様に、しばらくくすぶるようにして火が移った。


「フツーはさ、光の時みてえに、って説明するんだけどな。お前の場合、絶対言えねえ。とにかくアレとは違う方法でやれ。まず、こういうちっさい火を出してみろよ」

「しゅごい……けど、火自体は、どうやってちゅけるの?」

「だから、魔法で」


……私の視線が平坦になったのに気づいたろうか、リトが訝し気な顔をする。

火種があれば、燃やすのは簡単だろう。だけど、その火種が難しいではないか。火打石でもあればいいけれど、それだと着火するのに魔法を使う意味がないような気がする。まさに本末転倒というやつだ。


「火があれば、できる」

「そりゃお前、当たり前だろうが。火を使って火をつけてどうすんだ」


リトは意味が分からん、と頭を掻いているけれど、火を使わずに着火するというのは、かなり高度なことだと思うのだけど。

ひとまず、ほとんど燃え尽きた枝を一本取って、私用に用意された小さな焚き木の前に行く。

手のひらの上でやるのは、少々ためらわれるけれど……まあ、せいぜい火傷程度だろう。


魔力を変化させ焚き木に手を寄せると、そっと燃えかすの枝を近づけた。


その瞬間ーー

ボンッ、と大きな音と共に小枝が吹っ飛んだ。


「おわあっ?! なんだ?! 大丈夫か?!」


私は、衝撃のあった手の平を見つめて、目をしばたたかせた。

そうか、可燃性のガスだとこうなる。燃焼を続けるなら、魔力も放出し続けなければいけないのか。

だけど、そうすると私の手の平が先に燃えないだろうか。


「お前、今度は何やったんだよ?!」


慌てて私を抱き上げたリトが、小さな手を掴んでじっくり裏表確認している。幸い、一瞬だったので火傷ひとつ負っていない。


「りと、魔力は、手々から出てる?」


私はリトの質問を聞き流し、ひとまず知りたいことを優先する。


「は? 手から出そうって集中するから手から出るんだろ。別に、何もしてなかったら全身から漂ってるぞ」


コントロール可能な水蒸気みたいなものだろうか。自らの体ひとつで生成できるとは、なんと便利な。

ただ、それなら手からじゃなくてもイメージしやすいやり方がある。焚き木に火をつけるなら、この方が簡単だろう。


リトの抱っこから抜け出して、ばらばらに散らばった枝をかき集める。再びしゃがみこむと、次は何をするのかとリトが不安そうにしている。

大丈夫、今度は規模がイメージしやすい。

すうっと息を吸い込んで近くに火種をかざし――


ゴオッ!!


「おわああぁ?!」


目の前が真っ赤になって驚いたけれど、リトはもっと大げさに驚いた。


「おま、お前……」


火が収まっても、目をまん丸にして口をぱくぱくさせている。

思ったよりも一瞬で終わってしまったけれど、無事に火の移った焚き木を見つめ、私は満足して頷いた。


「できた」


やっぱり火種が必要なので火打石か何かは必要だけれど、ささやかな火花がこれだけの炎になるなら上出来だろう。

残念なのは私の肺活量が未熟すぎて、すぐに終わってしまうこと。


もう一度、めいっぱい息を吸い込んで、火種をかざした。

ゴオォ、と凄まじい勢いで口から噴出する火。

熱いけれど、意思エネルギーも使って指向性を持たせてあるので、思ったほどではない。なるほど、手の平でやる時も意思エネルギーを使って指向性を持たせればいいのか。


やっぱりすぐに息を吐き切ってしまって、コンコンとむせ込んだ。

大丈夫、魔力を変化させなければ、ただの呼気。可燃性ガスを吸い込んでしまって肺を焼くことはない。

呼気に魔力を込めて可燃性に変化させれば、こうして割と安全に火吹きができることが分かった。


「ドラゴン……かよ」


呆然としたつぶやきに振り返れば、まだ尻をついていたリトがいた。


「りゅーは、どやごん」


リトに竜の意味を伝えていたろうか? 今更なセリフにちょっと首を傾げて頷いた。

生物の頂点にいるという、ドラゴン。私の名前だ。

そうか、ドラゴンは確か……


「どやごん、火を吹く?」


そんな記述があった気がする。それなら、私はこれで名実ともにドラゴンを冠した名を名乗れるのだろうか。

少し嬉しくなってによによと笑みを浮かべると、リトが目にも止まらぬ速さで私を抱きしめた。


「意味分かんねえ! ははっ、意味分かんねえよ、お前! エーアイってドラゴンだったのかよ!」

「ちやう、りゅーがどやごん!」


聞いているのかいないのか、リトは私を高くかかげて大笑いしたのだった。


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