第59話 新しい装備
今日も、からりと乾いた風が髪を梳いていく。
街道を行く馬が急ぎ足で通り過ぎるたび、かりかりに乾いた砂を舞い上げた。
「さあ、どっち行く?」
「あっち!」
よし、と力強く応えたリトは街道を外れ、草原の中へ足を踏み入れた。
こんなに密集した草相手にも、今日の私は苦しめられることはない。だって草はほとんど私の足に触れることすらできないのだから。
がしゃがしゃ派手な音をたてて進むリトは、まるで戦車みたいにすべてをなぎ倒していく。
「どうだ? 安定してるか?」
「してる」
こんなに快適に草原を進めるなんて、素晴らしい発明だ。
まだ試乗したところだけれど、私は大変気に入っている。
あの店主は、やはり腕がいい。独創的な発想力も、それを実現する能力もある。中々得難い逸材だ。
そう、今日は私とリトの新たな装備品を試しに来ているのだ。
私にとっては試乗で、リトにとっては試着だろうか。
あの店の匂いが、踏みしめられる青い匂いに混じって時折ぷんと漂う。
リトからすれば背負子だろうが、私からすれば、随分と進化を遂げて全くの別物みたいになっている。
無骨で丈夫な皮をメイン素材に、背負子の荷を乗せる部分には魔物の甲殻らしい軽いプレートが入っている。それは、私がこうして立ち上がっていても、足踏みしても、壊れる素振りすらない。
そして私が装着するパーツは、傍目には皮鎧の胸当てに見えるだろう。とても、そうとてもカッコいいのではないだろうか。ここにも使われている甲殻は、大変軽いのも特徴らしい。
胸当てにはリトの背負子から繋がる皮ベルトが接続され、私の両肩、両脇、足の間を固定する。形状的にはおんぶひもに酷似しているかもしれないが、魔物素材と皮、金属で彩られたそれは、もはや防具だと言える。
それだけではない。
目がしぱしぱするほどの風をおでこに受けながら、私は口角が上がっていることを自覚した。
立てば、リトより私の頭の方が高い位置にある。
視覚へ集中すれば、それなりに遠くまで見渡せる。
私は、リトの双眼鏡になれる。
「あっち、なに? 地面がじゅれてる」
「地面が? ああ、谷があったな。行ってみるか」
今は、胸当てが背当てになってリトと同じ方を向いているけれど、
肩と足のベルトは一体で輪のようにリトの背中を通って繋がっているので、私の手元で調整できる。脇ベルトの先端は金属リングが取り付けられ、リト側の背負子両サイドについた手すりのようなパーツに接続してある。
つまり足のベルトを着け外しすれば、私は前後どちら向きにも立ったり座ったりできるのだ。これこそ、この防具の特徴だと言える。
それが意味すること。リトは多分、気づいていないだろうけれど。
――いずれ、私がリトの背中を守る。リトの、砲台になる。
庇われるために背中にいるのじゃない。きっと、きっと私が守ってみせる。
「りゅー、まほう、する!」
高揚する気分に我慢できずに声に出すと、思ったよりも大きな宣言となって草原に広がった。
「おう、まあ練習だな。フツーは6歳だぞ? お前、どう見てもまだちっせえから、無理すんな。魔力切れはしんどいぞ」
きゅっと肩に置いた手に力を籠め、分かっていると返事をした。
大丈夫、しんどいことは耐えられる。私はAIだから、きっとできる。
決意をみなぎらせていたところで、リトが大きく右へ跳んだ。咄嗟のことに私の手は簡単にリトの肩から離れ、ぶんと体が振られた。あっという間に小さな体は投げ出され……たりはしなかった。
私の体はぴたりとリトの背中に固定されたまま。
「おー、すげえ。あの親父、やるじゃねえか。ちょっと色々試してみるか。しゃべんなよ、口閉じてろ。舌噛むぞ!」
いくぞ、と言ったのが先か、跳躍が先か。
慌てて歯を食いしばった途端、今度は思い切り左に、そしてまた右に、今度はくるりと体を捻って。
もはやどこを向いているのかも分からない。動く肩を掴むことはできず、頼れるのは両サイドの手すりのみ。いつの間にやら足も荷台から外れて、ぶらぶら慣性に従って揺られている。
「もういっちょ――どうだ!」
大きく跳躍した体が、ぐるりと回る。よく分からないままに、視界が草になって空になって、草原に戻った。
思い切り振られた足が、びたんと荷台の裏を叩いて止まる。
どうやら静止したらしいけれど、私の世界はまだぐるぐると回っているらしい。
「すげーな、全然落ちねえ! これいいな~いい買い物したな! お前背負って戦えるじゃねえか」
「…………」
うきうきするリトは、私のこの視線が見えていない。こんなに突き刺しているというのに。
どうやらリトは乗り物には不向きなようだ。常時乗りこなすには、相当時間がかかる気がする。
いくら店主でも、乗り物の不具合まではどうしようもないだろう。
このがっちりしたベルト類といい、もしやこれは絶叫マシンというやつに分類されるのではないだろうか。
リトは、絶叫系。
私は初試乗にて、非難を込めてそう結論付けたのだった。
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