第47話 ギルド
宿を出て、うんと伸びをしたリトの拳が、青い空へ届きそうに高く上がる。
見上げる私が後ろにひっくり返りそうだ。
倣って伸ばしてみた手は、どうあがいてもリトの腹までしか届かない。
「走るぞ!」
「ピィ!」
にやっと笑ったと同時に走り始めたリトに、ペンタが先に返事して、ぎゅうと髪を握りしめた。
私も慌てて頷き、石畳を蹴って走り始める。
たと、たと、たと。
鳴り始めた音が、徐々に早くなる。
時折振り返るリトの笑顔を目印に、くぼみを飛び越え、凹凸を避けて。
簡単なことだ。重心が真ん中にあれば、人はこんな二本の足でも割りに安定する。
……たまに転ぶのは、仕方がない。だって私の頭は重いのだ。きっとペンタがいるから余計に重いに違いない。
追いついたリトの脚にぺちりとタッチすると、リトは大きく破顔して頭を撫でた。
「よぉーし! ならギルドまで、いけるか?」
「もちよん!」
煽るようなセリフに大きく頷いてみせると、リトのスピードが少し上がった。
負けじと前を向き、リトより先へ行こうとさらに腕を振る。
腰の木剣は、しっかりとホルスターに納まってむやみに揺れない。あの店主は、中々いい仕事をするのだ。
そろそろギルドが見えて来たと思ったら、リトがにや、と笑ってさらにスピードを上げた。
「!!」
私の方が半歩先にいたのに、あっという間に背中が見えて慌てふためく。
もう余裕もなく、正真正銘の全力疾走だ。
「お~、よく走ったな」
結局、到着はほぼ同時くらいだろう。きっとそうだ。
へたり込みたいのを我慢して、両膝に手を置いて荒い呼吸を繰り返す。
伝う汗が顎から滴って、のどが焼け付くように熱い。
わしゃりと撫でたリトの手すら邪魔なほどに、心臓が限界を訴えていた。
「りと、ずるい」
「何もずるくねえわ」
じろりと睨み上げたリトは、なんとも涼しい顔で汗一つかいていない。
私だって、そんな長い脚をしていれば。それに、心肺機能だって違うのだから。
まだ弾む息を整えながら両手を上げると、苦笑したリトが抱え上げた。
「暑いだろうが」
「あつくない」
「俺が暑いわ」
そんなことを言いながらギルドへ足を向けるので、少し驚いてその顔を見つめた。
だって、今までこの中に入ったことはなかったから。
気づいたリトが微かに笑う。
「そろそろ、外へ出てもいいかと思ってな。ついでに情報収集と登録するか。お前、やたら肝が据わってるし、怖がらねえだろ?」
「りと、せちゅめいが足りない」
リトのセリフは全てにおいて、言葉足らずで理解が難しい。
つまり、私を連れて『町の外』へ出るということだろうか。そして、パーティ登録をするのだろうか。
ぱっと顔を輝かせたのに合わせ、リトが重そうな扉を押し開く。
私は開くのが待ちきれず、リトの胸に手をついて先を覗いた。
ギルドの中には、思ったより人がいる。
この冒険者ギルドとは、主に日雇い業の斡旋や、狩猟・採集で得た物品の買い取り・卸しを行う施設らしい。
部屋の中央に壁が立ち上がり、貼られているのは日雇い業の募集要項だろうか。
奥にあるカウンターが2か所に分かれているのは、斡旋系と買い取り系ということか。それらはまったく違う業種に思えるけれど、斡旋業務が狩猟や素材採取メインとなるが故に、このような形に落ち着いたのだろう。
もっと卸すための品がずらりと並んでいるかと思ったけれど、品物らしいものはほとんどない。
唯一、壁際に並んだショーケースのようなものは、なんだろうか。
「りと、りゅー下りる」
「んーーそうだな」
ぐっと下へ身を乗り出すと、リトはちょっとためらってから周囲を見回した。
なぜかその場の人たちが一斉にぎくりとして、慌てたように視線を逸らしてしまう。
リトが何かしたのだろうか、と見上げたけれど、視線を下げたリトは特にいつもと変わりない。
いいぞ、と下ろしてもらったのを幸い、私はすぐさまショーケースへ駆け寄った。
「『まもも素材、いちらん』これ、ぜんぶまもも?」
「おう、レアってほどじゃねえけど、中級くらいであまり目にしないやつだな。値段がいいやつを置いてあるから、見つけたら取ってこいってことだ」
奥には植物素材一覧もあるらしく、なるほど、慣れない人向けの見本なのか。
実際の品だけでなく、魔物や植物の全体像イラストや解説も置いてある。
これは覚えておかなくては。
「手続きしてくるから、お前はそこにいろよ。アレするなよ」
ショーケースに貼りついた私の頭をぽんとやって、リトが奥のカウンターへ向かった。
こくり、と頷いて再び視線を固定する。アレ、というのは私のデータ取得魔法のことだろう。
でも大丈夫、あの魔法を使わなくても、記憶というデータ取得をすればいいのだ。
その場合、スピードは劣るけれど情報は『倉庫』ではなく私の『記憶』に残る。つまり、私が手軽に使えるデータとなる。
どうも、魔法でデータ取得した場合は外部ストレージへ保存されているような感覚なのだ。当然使えるけれど、ワンクッション必要というべきか。
「――おーきい」
ショーケースを眺めていた私は、置かれた爪の大きさに、つい嘆息した。
湾曲した鋭い爪1本が、私の手のひらより大きい。ということは、この魔物は熊より大きいのではないか。
そんなものと、この世界の人たちは戦うのか。
リトも、戦うのか。
そして、私も。
私が、この魔物に相対した場合、勝てる方法はあるのだろうか。
真剣に考えていた時、ふいとショーケースに影が落ちて振り返った。
「ぼうずだったら、マーシュドルに丸呑みだな。やつら、こんな口してるからな」
「……」
こんな、と両腕を縦に広げた大きさを見るに、なるほどそうだろう。
リトだって半呑みくらいにはなりそうな大きさだ。
オオトカゲに似たその魔物は、熊よりずっと、もっと大きな口だった。
「あいつらはな、まずズルリズルリと尾っぽを引きずってやって来て、長ぁい舌をびろびろさせてこっちを窺うんだ。見ろよ、あの牙、あの爪。あれに引き裂かれたら痛そうだなあ? 血が出るよなあ?」
私に話しかけているのだろうな、と一応頷いてみる。
その男が熱心に話しながら近寄ってくるせいで、私はすっかりショーケースに背中が押し付けられてしまった。
リトより少し身長は低いけれど、重さはあるだろう。リトよりも顔に毛が多くて、腕にもたくさん毛が生えている。
体毛の一種だろうか。それとも人種が違うのだろうか。
「そうだ、怖いだろぉ? 一挙に距離を詰められてあの爪でこうガッと――?!」
私の方へ大きく掲げられた両腕がビクッと止まり、その顔からだらだらと汗が噴き出している。
首根っこを掴んだ人物を見上げ、私はそうっとよくしゃべる男の前から抜け出した。
「おいこら、何も! なーんにもしてねえぞ?! 先輩として魔物のことを教えてやっただけで――あ、ちょ、足、浮いて?! いだだだ!!」
「怖がらせてただけだろうが。お前、さすがにこんなチビにまで絡むのはどうかと思うぜ」
リトは掴み上げた男をぽいと後ろへ放り、屈みこんだ。
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