第17話 もう、来ない
今日も私は、女の子たちと遊んでいる。
だけど、これは遊んでいるのではなくて、私自身がオモチャなのかもしれない。
どうやら私の顔は『かわいい』のだそうで、それを飾り付けるのが楽しいらしい。
最初こそままごとで子ども役を担っていたのに、今はお人形になってしまった。彼女らのお気に入りオモチャになったおかげで、取り合いが勃発するくらいだ。
「いちゃい」
ぐい、と髪を引かれて思わず声が出る。
子どもの手は、中々に乱暴であちこちが痛む。
こんなに小さな手なのに、リトの大きな手よりずっとずっと痛い。
それに後頭部はいまだにずきずきと痛むし、たくさん転んで方々擦りむいた傷も、打ち身も、もうあちこちが痛い。
「お人形は、しゃべっちゃダメ!」
言われて口をつぐみ、途方に暮れた。
私は、コミュニケーションを取るために来たのに。
それなのに、どうだ。
昨日も今日も、ほぼ何も話さずただ座って過ぎていく。
動くのは、食堂に行く時と、排泄くらい。
同年代とのコミュニケーションが、これほど困難だと思わなかった。それだけでも、収穫ではある。
だけど、もういい。もういい。
大人とのコミュニケーションの方が簡単なら、簡単な方から入るべきだ。
子ども同士と違い様々なリスクはあれど、私は思うのだ。今いるこの子たちが私と同じ部類に入るのならば、コミュニケ―ションにおけるタブーや常識など、さほど問題視されないのではないかと。
それに……。
力なく項垂れてお腹を押さえた。
昨日の今日で、ぽっこり膨らんでいたお腹が随分ヘコんでいる。
大変にお腹が空いているのに、朝食は飲み物と小さな固い固いビスケットのようなもの2枚。
それも、1枚しゃぶっている間にもう1枚は消えていた。
ヒトの身体は、数ヶ月は水だけで過ごせるという。けれど、私の身体はまだ小さく、肉付きが良くもない。本当にこれで大丈夫なのだろうか。
リトは、まだ来ない。
忙しいのだろうか。
リトはお腹が空いていないだろうか。
私は、あれからずっと同じことを考えている気がする。
そこらの子どもにリトのことを聞いて分かるはずもなく、頼りの先生は機敏に動き回っていて、足下の覚束ない私にはとても追いかけられなかった。
――代わり映えなく、ただ空腹感だけが募る3日目、作戦を練った。
どうしても先生と話をしなくてはいけない。
非力で機動力のない私が動き回る獲物を捕まえるには、設置罠だ。
罠は、私自身。
時間を見計らって戸口に陣取ると、昼食を知らせに来た先生をはっしと捕まえた。
「どうしたの、リュウちゃん」
忙しいのに、と書いてある顔を見上げ、必死に用件だけを伝える。
「りとは? りと。まだきない?」
途端に、先生の顔が曇った。
「……リュウちゃん。あなたはここの子になったの。みんなが家族よ。あのお兄さんは、あなたをここに連れてくる間の面倒をみてくれただけで、家族じゃあないの。優しいお兄さんだったのね」
こくりと頷いたのを見て取って、先生は逃げるように立ち去った。
言われた意味を、ゆっくりと咀嚼する。
私は、ここの子になった。
リトは、家族じゃない。
リトは、ここへ来るまで面倒をみただけ。
私の質問は、そんなことだったろうか。
先生は、どうしてそんな返答をしたのだろうか。
リトがいつ来るか、その返事は……?
つまりこれが、正しくその返事なのだろうか?
そうだとしたら、つまりは、つまりは――
くしゃくしゃになったハンカチを、急いで口へ入れた。
そんなこと、あるのだろうか。
だって、リトは。だって。
「りとは、かじょくなない。もう、むかえにきない……?」
だって、家族じゃないから。家族じゃない人間を、迎えには来ない。
そんなこと、考えていなかった。
なるほど、それは私の認識不足だった。
そもそもどうして私は、リトが来ると思っていたのだろう。
えぐるような痛みは、空腹感だろうか。私はとても、お腹が空いているから。
気づけば一人立ち尽くす部屋に、年上であろう男の子が面倒そうに迎えに来た。
「お前、捨てられたのか。俺は家族が死んじゃったけどさあ、捨てられるよりマシかな。ほら、先生が連れて来いって。早く」
さっきの話を聞いていたのだろう。何気ない調子でそう言って、私の手を引っ張った。簡単に体勢を崩して転ぶ私を見て、少し驚いた顔をする。
ここへ来てから散々転んだ私は、慣れっこだ。
だけど、痛い。
半ば引きずられるように食事の席までやってきて、変わり映えしない芋を見つめた。
私の本来の家族は、きっと『死んじゃった』のだろう。
……そうなのか、そして私は今、リトに『捨てられた』のか。
私は、きちんと理解した。
あんなに空腹だったのに、中々芋が喉を通らない。
おかげでありつけたのは、一切れだけ。
私は、捨てられたのか。
なるほど、そうだったのか。
「捨てる」とは、不要または価値のない物や物品を意図的に廃棄する行為のこと。
その通り、間違いはない。
私はリトに不要だし、価値もない。間違いない。
ああ、分かってしまえば、簡単なこと。
そして、合理的で何の問題も無い。
幼子である私は、このような施設で集団生活をしつつ、育ててもらった方が互いに良いこと。
そう、リトは来ない。
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