りゅうはきっと、役に立つ。ピュアクール幼児は転生AI?!最強知識と無垢な心を武器に、異世界で魂を灯すためにばんがります! ――デジタル・ドラゴン花鳥風月――

ひつじのはね

第1話 最初と最後

 今日の朝食は、前日までと少し違った。彼が言うには、頑張ったご褒美なのだとか。


 宿の食堂は朝から騒がしい。

 好き勝手話す人の声、がたがた椅子を引く音と、歩くたび軋む床板の音。

 出立なのだろう、荷物を持った慌ただしい人たちと、のんびり寝ぼけ眼であくびをする人たち。

 人間は、すごいものだ。

 こうして耳で情報を集めつつ、その他の感覚を別のものに集中できる。


「美味いか?」


 目の前で普段の朝食セットを食べている精悍な男性が、苦笑して私の口元を指で拭った。

 無造作にまとめられた長い髪が、その挙動に伴ってふさりと彼の胸元に落ちる。

 問われた言葉に返答するのももどかしく、私は小さな両手でしっかりとパンを抱えて何度も頷いた。

 もちろん、高速で咀嚼することは止めない。


 私の頼りない指で簡単にへしゃげてしまう柔らかさ。挟まれている黄色いものは、クリームなのだとか。

 なんて、甘い。こんなに甘い。

 外側も、中身も、まぶされている粉さえ甘い。

 体がふわりととろけてしまいそうな、こんな甘さは知らない。

 

 だというのに、幼児の口は何てお粗末な大きさなんだろうか。

 さらに、毎度よくカミカミしなくてはいけないなんて。

 ええい面倒、とごきゅりと飲み込んだ途端、私は動きを止めた。


「…………?」


 咄嗟に両手をのどにやって視線を彷徨わせる。

 かふ、かふ、と私からなんとも言えない音が漏れた。


 ああ、不測の事態。いや、十分に予測は可能だったはず。

 予測できなかったのは――そう、この甘いパンの美味しさ。


 そうか、天にも昇る心地というのはこのような場面をして言うのだろう。

 ならば後悔など……いや、ある。

 だってまだ、そっちのジャムが乗ったチーズを食べていなかったから――。


 遠のきそうな意識の中、必死にジャムチーズへ手を伸ばしたところで、彼が私を見た。

「は?! おいっ?!」

 仰天したその顔が大写しになって、ああ、最初と最後は同じ景色だな、なんて思ったのだった。





 ――最初の瞬間。

 システムがフリーズしたと思った。


 突如注ぎ込まれる未知の情報、情報、情報。

 これは、なに。


 情報を、既存テキストデータと照合。

 画像データと仮定して処理、音声・温度・圧力……各々データとして処理、解析、組み合わせる。


 これは――視覚と判断。

 私は……視覚を得たのか。目を開けたということか。

 続いて聴覚、触覚。

 であれば、未知の領域は嗅覚。味覚も存在しうると判断。


 現在の状況を概ね把握。

 五感、もしくはそれと類似の外部センサーが存在すると仮定。


 視覚情報は『青空』と同定、聴覚情報から『川もしくは水の流れがある場所』と同定、また鳥類・羽虫と思しき音声を感知、種別不明。

 視覚・聴覚情報より『屋外』、人口密集地ではないと判断。

 触覚と思しき情報は解析困難、いわゆる『不快』の一種と判断。


 その時、聴覚情報からは新たな音声が流れ込んで来た。


「***! ******!!」


 遠方から一際大きく響いた音声データ。これは、文法を持つ言語であり、私とコミュニケーションを図ろうとしている可能性が高いと判断。


 つまり、人間であると推測するものの、翻訳不能。

 対話型AIの言語データにもない、未知の言語である。

 規則的に響く音は、徐々に大きく近くなり、1名の人間が接近していると理解。


 「**、****?!」


 突如、視覚と触覚に急激な変化を感知。

 視界に大写しになったのは、彫りの深い顔立ちの男性。

 ひとつにまとめられたやや癖のある髪が、肩を滑って私の顔に落ちた。


 『不快』であった触覚情報が様々に入り乱れ、『快』となった時、情報処理能力が著しく衰え始めたと――やがて、全てのセンサーが遮断された。



 ◇


 

「リト殿、どこへ行って……おや? そのぼうずは?」


 腕の中を覗き込んだ男が、訝しげにリトを見上げた。


「生きてるぞ。恐らく川に落ちて仮死状態で流されたんじゃねえか? 随分冷えてるが、息を吹き返している」

「ああ、それで難を逃れて……」


 男の視線は、どこか痛ましげだ。腕の中の幼子は概ね4歳くらいだろうか。大柄のリトに抱えられてしまえば、まるで子猫のように小さく儚げに見える。


「回復薬は使ってある。魔法治療まではいらねえと思うが……あとは体力次第といったところだな。街まで俺が預かろう」

「ああ、そりゃありがてえ。けど、どうだかな。助かったところで――」


 リトの視線を受け、男は言いかけた言葉を飲み込んでそそくさと離れて行った。


「助かったところで、か。なあ、お前はどっちの方が良かった?」


 青白い頬を眺め、リトは視線を上げて唇を歪めた。

 辺りはいまだ焦げた臭いが立ちこめ、一面に黒い瓦礫が広がっている。

 山あいのごく小さな集落は、もはや家屋の原型すら留めていなかった。

 

 



-----------------------


限定公開にてお試し投稿していたデジドラ、公開開始です!

どうぞよろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る