第7話 出会いは孤児院だったそうです


「私は、母が亡くなって孤児院に預けられていたんだ。父はいたんだけど、色々大人の事情で離れて暮らしていてね」


(孤児院……)


 マーガレットは話を聞きながら自身の記憶を探ってみる。母が生きていた時、孤児院へ慰問に何度か行ったことがあった。


(大人の事情って、きっとカリエダ家の庶子だったのね。だから追い出されていて……)


 本妻ではない女性から生まれた子供が、生まれた時からその屋敷で暮らせるかどうかは、本妻と父親の認知の仕方による。このような話は貴族社会では沢山あるもので、マーガレットは大人の事情とやらの想像が簡単についてしまった。

 けれども現在のマーガレットは幼女に過ぎないので、知らないふりをして聞き続ける。


「孤児院には五年ほどいた」


 ジョセフは遠い目をしながら、次の言葉を漏らす。

 抑揚がない口調だが、そこにマーガレットは彼の悲しみを感じた。


「私が十一歳の時、前伯爵夫人、マーガレット様が訪ねてきた。貴族の慰問は多くて、あまり覚えてないが、マーガレット様とそのお母上の訪問は覚えている。やわらかいパンに干し葡萄が入ったものを差し入れてくれて、孤児院で初めて食べた甘いお菓子だったかもしれない」


(ああ、そういえば母は干し葡萄入りのパンを作るのが大好きで、毎回焼いて持っていった気がする。飽きないかなと思ったけど、いつも好評だったわ)

 

 彼の語りを聞きながら、マーガレットも遠い記憶に思いを馳せる。

 彼女も干し葡萄のパンが大好きだった。


(ジョセフはその孤児院にいたのよね。うーん。記憶がないわ)


「私は、同じ年頃の子供よりガリガリに痩せていて小さくて、当時十一歳だったけど、八歳くらいだと思われていた。だからいじめられることが多くて、食べ物はいつも奪われっぱなしだった。何かと難癖を付けられて、いつも目立たないように部屋の隅にいたんだ。でもマーガレット様は私を見つけてくれて、パンをくれたんだ。あれは多分今まで食べた中で一番美味しいものだ」


 ジョセフの眉間の皺がなくなり、眉が垂れ柔らかく半円を作る。口元には穏やかな笑みが浮かんだ。


(思い出した。あの子。あの子が、ジョセフ様?!)


 マーガレットの記憶の子供は、ほんんとうにガリガリに痩せていて、いつも俯いている少年だった。

 色彩以外まったく共通点が見えない。


(ああ、でも微笑みは一緒かも)


「マーガレット様は慰問に来られる度に私を見つけてくれて、嬉しかった。だから彼女が来るのがとても楽しみだったんだ」


 愕然として彼を見つめていると、はっと気がついたようにジョセフはいつもの険しい表情に戻った。


「これが私とマーガレット様、ラナンダ前伯爵夫人との出会いだ。多分、彼女は覚えていないだろうけど。私はその後すぐにカリエダ家に引き取られたんだ。引き取ったのは、私の実父ではなく、兄にあたる人で、養子にしてもらった。カリエダ家ではとてもよくしてもらった。これは余計な話だな」


 ジョセフは苦笑して、手元の林檎を齧る。


話を聞き終わり、マリーことマーガレットは呆然としてしまった。

孤児院に通っていた時は、母がまだ元気だった頃だった。

結局半年しか通えなかったが、確かに茶色の髪に茶色の瞳の子供がいつも一人で隅に座っていたのを覚えている。


(あんなに痩せて小さかった子が……。カリエダ家に引き取られてよかった)


 年齢はジョセフの方が年上、現在は完全に自分のほうが年下の子供だった。けれどもマーガレットは何か自分が彼の姉か母親になったような気分になっていた。


「マリー?」


 彼女の表情があまりにも子供らしくなかったのか、焦った様子で彼が名を呼び。

 それで慌てて彼女は子供らしさを意識して微笑む。


「話してくれてありがとうございます。マーガレット様にも伝えますね」

「そうか。ありがとう。それで、あの、ラナンダ前伯爵夫人に会うことは可能だろうか?」


(今、会ってるんだけど。でもバラすわけにもいかないわ。かと言って身代わりも立てられないし)


「あ、あの。まだお客様と会えるくらい体調が戻っていないので、もう少し元気になったら会ってくださいね」

「そうか、まだそんなに悪いのか?何の病気なんだ?」

「びょ、病気?」


(ああ、どうしましょう。そこまで考えてなかった。風邪?でもそれにしては領地で静養までやり過ぎているし)


「マリーにもわからないか。そうだよな」


 迷っているうちにジョセフが納得してくれて、彼女はほっと胸で撫で下ろした。


 それからマーガレットの話をすることなく、マリーはジョセフに以前から興味があった騎士の仕事について尋ねる。夫であったシーザとは話をする機会もなく、彼の仕事の話を聞いたことがなかった。


「ラナンダ前伯爵のシーザとは寮で同じ部屋だったんだ」


 近衛騎士の仕事から騎士学校の話になり、話題は自然と彼の友人でもあったシーザの事にも触れる。


「シーザは騎士学校で初めて出来た友達だった。私たちは一緒に勉強して、遊びにも行った。この領地にも何度か連れて来てもらったんだ」


彼の表情はとても穏やかで、本当に良い思い出のようだった。


(なのに、私は一度も良い意味でジョセフ様の名を聞いた事がない。寮で同室だったとか、友達だったとか初耳だわ)


「仲が宜しかったのですね」

「ああ。遠い昔だ」


ジョセフの表情が再び硬くなる。眉間にも皺が寄って険しい顔だ。

だけど目は伏せられ、どこか寂しげだった。

 

「くしゅん」


不意に寒気を覚え、マーガレットはクシャミを漏らす。


「寒いか?話し込んでしまったようだ。早く戻ろう」


 正確な時間はわからないが、風は冷たくなり始め、太陽が傾き始めていた。


「沢山お話させてしまって、すみません」

「どうして謝るんだ。私は楽しかったよ。それよりも寒くないか?」

「大丈夫です」

「ならいいが。早く戻ろう」


 マーガレットがあたふたしている間にジョセフは手際よく片付けていく。

 そうして敷物とバスケットを再び馬に括りつけ、彼が先に乗り、その後にマーガレットを抱き上げた。

 ジョセフは自身のジャケットをマーガットに被せた上、帰りは急いだほうがいいといいと馬の速度をあげる。行きよりも揺れが大きくなったので、ジョセフに落ちないようにかなり強めに抱きしめられ、彼女は再び『私は幼女、子供』という呪文を心の中で唱えることになった。


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