「勇者」だったけど、やる気がなかったので通りすがりの魔物と交代してみた件

野宮麻永

第1話 憂鬱

めんどくさい。



「おはようございます、勇者様。」

「おはよう、今日もいい天気だね。」



めんどくさい。



「勇者様どちらへ?」

「少し村の周りを見てまわろうかと。」

「勇者様のお陰でこの村は魔物に襲われる心配がありません。ありがとうございます。」


村人達がキラキラした瞳でオレを見る。

はぁ。

一歩家を出るとこれだよ。


大体オレには「アイザック」って名前があるのに誰も呼ばない。

生まれた時から「勇者」なら、もう名前なんてつけなくて良かったんじゃね?


「勇者」の定義って何だよ?

神父が「この子は勇者だ」って言っただけじゃん。

体に名前でも書いてあんのかよ?

「勇者」の匂いでもあんのかよ?


ぼんやりと歩いていたせいか、気がつくと村からだいぶ離れたところにいた。

それでもこの辺に出る魔物は大したことない奴らばかりだったから、特に恐れることもない。

自分で言うのはなんだけど、オレはそこそこ強い。

「勇者」だし。



あれ?


前から人の姿をした魔物がやって来る。

人の姿をした魔物は結構強い。

この辺で見かけるのは本当に珍しい。

普通、ダンジョンの奥の方にしかいないやつだ。


向こうもオレに気がついた。


あー、戦闘始まっちやうパターンかぁ…


でも、このままここで終わりでもいいかも…と少し思ってしまった。

毎日毎日、どこに行っても誰かに「勇者様」って声をかけられて、プライバシーなんてあったもんじゃない。

品行方正を求められ、言動にも注意を払わなければいけない。

オレだって、彼女とか欲しいし。


ん?


こっちがただ突っ立ってるだけなのに、攻撃を仕掛けてこない。


「お前、『勇者』だな?」


あー、確認してから攻撃してくるやつね。

魔物にも一目見てバレるって、やっぱ匂いなのか?



一応携えていた剣を抜く。

ポーズだけだけど。



「はぁ。」


人の姿をした魔物が大きなため息をついた。


「いいよなぁ、そっちは『勇者』だから。こっちなんて『魔物』だし。姿見せただけで、恐れられるわ、攻撃されるわ、いいことなしだよ。」


は?


「戦わない感じ?」


思わず声に出る。

魔物は少し驚いてから言った。


「もう、いっかな、って思って…」


あ…


「オレも、それ思ってた。」


「そうなの?」

「うん。」

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