第10部 第1章 始まり

 アルメシアがグルクルドの国王に会う前に、身体を元に人間に戻そうと、一度人気のいない森に姿を現した。


 アルメシアがまたしても人間の味方をするのがはっきりとしたせいで、彼は少し悲しい顔をしていた。


「お前が大切にしていた餌はいるまいに……」


 そうアルメシアがぽつりと呟いた。


 あの異様な男は見事に彼等邪神達からエーオストレイルを奪い取った。


 最初は邪神達の間に間隙を入れて全て争わせる策略なのかと疑った。


 だが、違ったのだろうか。


 それが未だに彼には分からなかった。


 だからこそ、その餌がいなくって忘れるだけの時間を待って動き出した。


 そして、出来ればエーオストレイルをまた仲間に戻すつもりであった。


 だが、またしても同じようになった。


「あの少年。あの餌と同じような匂いがするもんね」


 いつの間にか何かが背後にいた。


 それは人間のような姿をしているが、鬼のような角が生えており、背中には餌どもが妖精と呼ぶものと同じ羽根がある。


 大きさは自在で、精霊と邪神の混ざったようなものであった。


 少女のような姿になったり、まるで悪鬼のような羅刹に変わったり、姿は自由に変われる。


 その姿を持って、人間を惑わし食らい生きてきたものだ。


 その人間に近い身体は自在に姿を変えれる特異な能力を持っていた。


 アルメシアからしてもパーサーギルのような知能の低い邪神でない、それは厄介な相手だった。


「グリュンクルドか……」


「あの理知的なエーオストレイルがあれほど狂うとは何があるんだろうね。僕はずっと餌とエーオストレイルの関係と戦いを見てきたけど、間違いなく愛と言うものはあるんだと思ったよ。本来ならば邪神の中で特に強いわけでもないエーオストレイルがあれほどの力を発揮して、この世界すら変えた。僕はそれが何なのか知りたい」


「貴様はこの戦いに関わるな。エーオストレイルは私が倒す」


「ふふふふふ、倒せるのかな? 君もあの餌を追っかけたエーオストレイルのように見えるよ。君が見ている相手はエーオストレイルだけど……」


「私がエーオストレイルをエーオストレイルが餌を見るように見ていると? 」


「そう、立ち聞きしてたけど、餌はそれを愛と言っていたね」


「愛? 」


 その何故か忌まわしく感じてる言葉を繰り返してアルメシアが不快感を露わにした。


「そう、良く似ている」


 グリュンクルドが囁いた。


 それと同時にアルメシアが地下茎のようなものを地下に張り巡らせて山を崩したのとは別で、それを触手のように動かしてグリュンクルドに一撃を与えようとした。


 だが、グリュンクルドはあっさりとそれを避けた。

 

 全く、意にかえさないように笑いながら。


 妖精のように空を飛べるグリュンクルドにとって、そんな触手の様な攻撃はあまりにも遅すぎたのだ。


「そんな攻撃に当たるわけ無いじゃない」


「邪魔をするなと言っている」


「いやいや、グルクルド王国は創建に僕が関わっているんだよ? 君が好き勝手に今の国王を騙して良いようにしているのを許してあげているのに、いささかそれは酷いと思わないかい? 」


「知らんな。貴様が関わったのはずっと昔だろうが」


「でも、ある意味で、ここは僕の国だ」


「政治にも何も関わっていないだろうが」


「え? 関わっていいの? 遠慮してあげていたのに……」


「ふざけるな! 何を言いに来たのだ! 」


「興味があるんだ。エーオストレイルがあれほどの力を振るえたことと、そして、君が今、心に抱いているエーオストレイルに抱いている愛と餌が言っていたものが何なのか」


「俺は奴を我らの仲間に戻して、餌は餌だと教えたかっただけだ」


「いやいや、それはどうかな? 君はエーオストレイルの気持ちを奪った餌を恨んでいたじゃないか」


「仲間からエーオストレイルを切り離して、造反のように我らを倒そうとしたからな」


「へえええ、まだ自分の心を理解して無いんだ」


「何の理解だと言うのだ」


「ふふふ、それはねぇ。嫉妬って言うんだってさ」


 にやにやとグリュンクルドが笑う。


「嫉妬だと? 」


「そう、グルクルド王国で聞いてみたら? 」


 そうグリュンクルドにからかわれる様に言われて、アルメシアが初めて本気で殺気立つ。


 グリュンクルドを事によっては殺そうとしていた。


「おお、怖い怖い。でも、僕は興味のままに生きるから、悪いけど、自分の知りたい事を追求させてもらうよ」


「何を知りたいと言うのだっ! 」


「はははは、君は何も分かっていないみたいだな。でもね、実は僕も良く分かっていないんだ。だから、それを教えてもらおうと思っている。あの少年に……」


「少年……とは? 」


 アルメシアが初めて不思議そうな顔をした。


「少年だよ。エーオストレイルの魂を受け入れている少年だ。彼に愛を教えてもらおうと思っている」


 そうグリュンクルドが笑った。


 アルメシアをからかいながらもその鬼のような角とまがまがしい妖精のような羽根が急激に可愛らしくなっていく。


 そして、可愛らしく美少女のようになったグリュンクルドは笑った。


「僕は彼と恋と言うものをしてみようと思っている」


「恋? 」


「そう、僕の初めての恋さ」


 そうグリュンクルドはアルメシアの前でくるくると踊って見せた。


「貴様、正気か? 」


「正気だとも。多分、エーオストレイルは進化をしたんだよ。僕たちが次の段階に進むための進化を彼だけがした。だから、僕も同じことをしてみようと思う。僕たちは子供を産めなかった。ただ人間を食べるだけの生命体だ。だけど、彼は彼女になって子孫を作った。これは進化しないものが取り残されていくと言う必然じゃないかな? 」


「そんな馬鹿な。我らの餌として増える為の餌の奴等の子作りがか? 」


「君はそう思うかもしれないが、僕はそう思った。だから、君の邪魔をしてなかったんだ。だから、僕のする事の邪魔もしないで欲しいな」


 そう笑うと可愛らしい姿のままグリュンクルドは空を舞った。


 しばらく上空でくるくると踊ると消えていなくなった。


「はあ? 」


 アルメシアはそれを唖然として見送った。




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