第9部 第1章 クオウの怒り

 山の上でクオウが興奮していた。

 

 友でもあるエーオストレイルが羽化を始めた。


 戦う時に相手の力を読んで、それに勝つ為に卵のような形態をして、中で身体を変化させるのだ。


 かって、エーオストレイルはそれを反対に使って、よりにもよって餌である人間の妻になるために身体を人間に変えた。


 それは彼にとって許されざる造反と言っていい。


 仲間達から一人だけ人間に変わったのだ。


 それは神たる自尊心を持つ彼らをある意味蔑み見る事でもあった。


 それゆえに、今戦うために神に戻ると言う事は、エーオストレイルが彼らの元に戻る事だとクオウは勝手に思っていた。


 パーサーギルは想定通り弱っていた為に、エーオストレイルが羽化するのを邪魔できないようだ。


 そして、もう一つの理由は皇太子妃の作った修羅という部隊が、死んでも死んでも戦い続けていると言う事実だ。


 彼らは間違いなく、クオウの目から見ても餌としての域を越えつつあった。


 神として再臨する彼らに取って、それはあまり愉快な事に思えなかった。


「それでも……それでもだ。エーオストレイルが羽化するのだ。我らの世界に戻ってくるのだ……」


 クオウはそう胸を熱くさせた。

 

 羽化が始まった。


 卵がひび割れて、中から黒く甲冑のような皮膚をした。


 皇太子妃の人間の顔をしたエーオストレイルが羽化した。


 身体は甲冑のように甲殻類のような黒光りする肉体に変わっている。


 だが、頭部は皇太子妃のままだ。


 そして、体形もほぼ人間に近い。


 甲冑を着込んだ人間のような変わり方だった。


「ちっ!  なんだ、あの羽化は! 人間の姿に近いでは無いかっ! どういう事だ! あれでは羽化とは言えない! かって人間になるためにした羽化のようなものでは無いかっ! そこまで人間に未練があるのかっ! なぜだ! 」


 クオウが叫ぶ。


 そのエーオストレイルの姿に裏切りを感じていた。


 甲殻類や爬虫類系の姿に変わるのなら分かる。


 だが、エーオストレイルは間違いなく人間を意識した羽化を行った。


 人間である事を捨てるつもりは無いとでも言いたいように。


 羽化した皇太子妃……エーオストレイルに羽根が生える。


 それで羽ばたき始める。


 それは鳥と言うよりは甲虫の羽ばたきに近いのだが。


 外骨格のような背中から美しい半透明の羽根のようなものがいくつも出て身体を浮かせた。


 それをパーサーギルが殺そうと、丸太で出来た槍のように手を突き出して、貫こうとした。


 だが、それをギリギリで回避すると、地上に転がる槍の一つを奪った。


 そして、低空ギリギリで飛びながらパーサーギルの顎を突き刺した。


 その威力は空を飛んで威力をあげている事もあって、パーサーギルの顎を貫いて粉砕した。


「おおおおお、美しい」


「まさに天使だ」


 修羅達が呟く。


 黒光りする外骨格は、まるで姉の黒騎士のように見えた。

 

 兜はしていないので、皇太子妃の顔が露わになっている。


 それで美しい光る様な透けている羽根で羽ばたくのだ。


「ふざけるな! それは本来の貴様の姿では無いだろうが! 」


 クオウの怒りが止まらない。


 彼には人間にエーオストレイルが媚びているように見えた。


 ぶっちゃけ、エーオストレイルは皇国の最初の皇帝に似ている皇太子を意識しているのだが。


 そして、餌でなくてはならない人間達がそのエーオストレイルの姿を見て、一斉に動き出した。


 特に修羅はあれだけ殺されて疲弊しているにも関わらず、本格的に戦闘を開始した。


 皇太子妃は次々と槍を拾うと、パーサーギルの顎を完全に破壊していく。


 その槍のような腕が危険なのは確かだが、人間を食べる顎を砕かれては、身体を再生させて復活するために食べることが出来なくなるのだ。


「火矢を使えっ! 」


 シェーンブルグ伯爵が叫ぶ。


 もしもの時の為に、鏑矢とともに用意していた油のついた綿をだした。


 ゲオルク達が緊急用の火種から矢に油のついた綿を巻いて火をつけた。


 それを次々とパーサーギルに浴びせていく。


 実はマグダレーネが火攻めの準備をしてほしいと父のシェーンブルグ伯爵に話していたので、それで準備していたのだ。


 そして、偶然にパーサーギルの一部の体液が油分が強かった。


 それで、次々と当たる火矢でそれに少し引火した。


 ごうごうとそれは燃えるわけでは無いが、パーサーギルの再生能力を弱くする事は出来そうだった。


 彼ら神が君臨する時代は人は餌でしかなく、それほど知恵が回るわけでも無かった。


 だからこそ、神に対して戦い続ける修羅と火を使いながら戦闘を繰り広げる彼らを警戒感をあらわにしてクオウは見た。

 

 そして、そのパーサーギルに火をつけまわっているのは、そのクオウが切望したエーオストレイルである事実だ。


 彼女は実はパーサーギルの敵が自分の産毛を削り取る時にでる毒でもあるリンパ節のような流れの液体が火が付きやすいのを確認すると、次々と飛んでくる火矢を掴むとそれをその流れに火矢を突き刺すことで火をつけて拡げて行った。

 

「エーオストレイルっ! 何を考えているっ! 」


 クオウが彼からすると神を超えようとしている不届きな餌である人間の味方をし続けるエーオストレイルの姿に絶望して絶叫した。

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