第6部 第3章 ギード

 ヴァンガゥ城のギード・エックハルト・ツェーリンゲンはツェーリンゲン公爵家の負けで憤っていた。


 あの一戦は負けるはずのない戦いだった。


 あのような卑怯な振る舞いが無ければだ。


「恥を知らぬ者どもめ」


 ギードは怒髪天をあげるが如くキレていた。


 それはツェーリンゲン公爵家という皇国の功労者であり、皇族に近しいものであるという誇りと外戚としての権威が、痴れ者どもにしてやられたと怒りが増していた。


 間違っても負けるはずのないツェーリンゲン公爵家が負けるとはと。


 そして、その負けは純粋に戦いだけでなく、彼らの誇りや祖国の皇国に対する辱めのように感じていた。


 その怒りを本来なら止めるべき御付きの家臣もキレていた。


 本当なら負けるはずのない戦い。


 卑劣な事をして勝つものどもだ。


 前世がある底辺の人間とも言えないものを管理しているシェーンブルグ伯爵家は彼らにとって視野にも入らぬ蔑み見ていた仕事をしている地位のものであった。


 家畜を育てている奴らに負けた。


 それが許せない。


 そして、卑劣なことだけでなく、あの本家のツェーリンゲン公爵家だけでなく三公爵家も参加して、大負けするとなると、他にも卑怯な事をしていたに違いない。


 それも周到に準備した罠があったはず。


 自らを過大評価している彼らはそう考えた。


 だからこその奇襲とギードは考えていた。


 いや、これが騎士の戦いという特異な戦列突撃による攻撃でなければ、まだマシだったが、彼らの誇りはその選択肢しか考えていなかった。


 実は残っていたリンブルフ公爵家にもアルンハルト公爵家にも話を持っていっていた。


 ともに戦うべしと。


 しかし、アルンハルト公爵家からはそっけなく相手にされず、リンブルフ公爵家も断ってきた。


 それがさらに怒りを増させた。


 あのような家畜を飼っている貴族もどきに皇国を好き勝手にさせるのかと……。


 アルンハルト公爵家は当主がその蔑み見ている転生者に当主が変わり、リンブルフ公爵家は修羅の戦闘を遠目で見て、単純に逆にやる事が騎士ではない痴れ者ゆえに簡単に勝てる相手出ないのを理解した。

 

 ルール無しで戦う相手にルールの中で強さを競っていたものは勝てない。


 格闘技に精通するものが、喧嘩屋に背後からいきなり花瓶を頭に叩きつけられて負けるようなものである。


 一線を越えたものは一線を越えたゆえの強さを持つのだ。


 そういう事にはガチガチの貴族意識を持つ彼には理解できなかった。


 そうやって、ブチ切れていたギードは騎馬を走らせていた。


 そこに光の柱が立つ。


 それでギードは怪しんで、一旦、自分の馬を止めて、騎士団に止まるように即した。


 その光の柱の中から身長二メートルはある大男が現れた。


 グルクルト王国の『封印師』のクオウであった。


 のっそりと5000を超える騎士団の前に恐れる風も無く冷ややかなままで立つ。


 そこはグルクルト王国ではなく、皇国の領土であった。


 つまり、グルクルト王国内なら転移できるとは嘘で、そういう制約は無いらしかった。


 グルクルト王国の紋章と国王の書簡を前に差し出すと、跪いた。


「グルクルト王国の国王からの書簡でございます」


 そうクオウは跪いて話す。


 ギードが馬を降りた。

  

 だが、尊大さは変わらなかった。


 いくら負けたとは言え、元はグルクルト王国は皇国の属国であった。


 その意識はツェーリンゲン公爵家のものには色濃く残っていた。


 そして、グルクルト王国の国王の書簡をざっと読むと、クオウに投げ捨てた。


「貴様が知恵を貸すだと? グルクルト王国の陪臣如きがお高く出たものではないかっ! 」


 ギードが吐き捨てた。


「ははっ。敵もまた卑劣な手を使いし者でございます。それゆえ、この左側に山がいくつかあり狭隘地があります。そこに誘い出して戦えば勝てるかと」


「下らぬ! 我らツェーリンゲン公爵家のものが、左様な下品な戦い方ができるか! 」


「しかし、このままで騎士の戦いとやらに拘れば負けてしまいますぞ? 」


 クオウが冷ややかに告げた。


「ふん! どうせ何らかの卑怯な罠によってツェーリンゲン公爵は負けたのだ! 此度のように一気に攻め込めば罠を張る余裕が無い奴らは敗れるであろう! 」


 そうギードは胸を張って言い切った。


「いやいや、グルクルト王国の弓兵にすら敗れた戦術をここでさらに弓兵による遠距離攻撃から、さらに一歩進めた戦術をとる皇太子の軍に勝てると? 」


 クオウが呆れたように眉を吊り上げた。


「ふん! 貴様! 誰に話していると思ってるのだ? 皇国を舐めるな! 」


「では何らかの策があるので? 」


「策などいらぬ! 我らが強さを見せてくれる! 」


「参りましたな。想像しているより馬鹿なのですな」


 そうクオウが妙に通るような声で苦笑した。


 それは何故か、ギードが率いる5000の騎士団全員に聞こえた。


 それで、全てのギードの配下たちの目がクオウに向いた。


『贄がいるのだ! お前達には相応しかろう! 』


 クオウの目の色が深紅に変わった。


 それで、見ていたギードの配下たちが動かなくなった。


『お前たちは最初に皇国の軍に攻撃を与えて、その後に逃げるようにして、奴らを引き付けて山の中央の狭隘地に迎え! そしてそこで戦うのだ! パーサーギルを蘇らせねばならぬ! 奴の封印を解くための贄になれ! エーオストレイルをこの世に本当に再臨させて真の復活をさせる為に! 』


 クオウは酔ったように話した。


 それは、まるで恋を語るような口調だ


 ギードと配下の騎士達は何かに酔ったように馬に乗って、そのまま皇太子のいる方へ再度走り出した。


 何かにとり憑かれたように走り出す。


「ふん。あの皇国の始祖の近縁の血ならば贄に最適であろう。あの餌の血を引くのであるからな」


 そうクオウが一人で呟いた。


「君を取り戻す為に……」


 空を見上げてクオウが呟いた。


 それは無表情で冷徹なはずのクオウにしては恋焦がれたような顔であった。

 


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