第5部 第5章 衣装見せ

「いくら何でも、雰囲気がおかしくないか? 」


 父のシェーンブルグ伯爵が少し先の皇太子の陣の騒然とした雰囲気で姉に声をかけた。


 強行軍なので、配下には最低限の武器を持たせていたが、そ以外の武器をしまった馬車から次々と武器を出していた。


 遠目で見ても殺気立っていると言うよりは焦っている感じだ。


 そこに、ヨハンが騎馬で走ってくる。


 それで馬車と父のシェーンブルグ伯爵の騎馬に並走して声をかけて止めた。


 父のシェーンブルグ伯爵が馬から降りると、ヨハンも降りて跪いた。


「ヴァンガゥ城の城主のギードが寝返ったそうです」


「ええ? となるとそれで騒いでるのか。どうした? お前にしたら随分情報が遅いな? 」


 父のが呻いた。


「すいません。皆さんが真剣だったので、下のものが気を使って報告できなかったようで……特にアメリア殿の気迫を見て遠慮したとか……」


 そう言われて父のシェーンブルグ伯爵がちらと馬車の方を見て、仕方ないなという感じで深いため息をついた。


 その頃になると大体の本当の話は分かってきていて、アメリアは俺の御付きのメイドだが、偉大なる女神エーオストレイル様の神殿の女官だけでなく、実はその宗教の実力者の娘で皇家ですら一目置くほどの実力者の娘なのだそうな。


 つまり、父のシェーンブルグ伯爵でも実は遠慮せざるを得ないくらいのポジションにあったという事だ。

 

 だからこそ、父であるシェーンブルグ伯爵も文句言えない。


 そう言えば、ずっと俺の御付きのなんだけど、微妙に皆が遠慮してるなぁとは思ったんだ。


 俺が女神エーオストレイル様を降ろしているからと言う事で皇家にごり押しして神殿から無理矢理来たとかで、実際に「私は貴方のメイドなのです。あなた以外にかしずく気はありません」という言葉が俺を元気づけたりするものでなくてガチだったとは。


「どうするの? 」


 姉も流石に困ったような顔で父のシェーンブルグ伯爵に聞く。


 父のシェーンブルグ伯爵がこりゃぁ出直しだなという顔をしたので、俺も少しほっとした顔でそれを見ていた……が馬車の扉が開いて腰に手をやったアメリアが行け! という感じで皇太子の陣の皇太子の居る場所を指さした。


「……仕方ない。行くか……」


 父のシェーンブルグ伯爵がぽつりと呟いた。


「えええええ? 行くの? 」


 俺がそれで叫んだ。


 だって、あまりにも場違いだし。


「貴方は全くアピールをしておられないのですよっ! この強行軍中で! 馬車の中に引き籠っていただけではないですか! 挨拶も最初に略式でしただけで! 」


「いや、皇太子妃たるものは、安易に殿方に馬車の移動中などで声をかけてはいけませんって言ってなかった? 」


「状況が変わりました。邪神が復活して、さらにそれを倒した結果、貴方が死なないとならないなどと! 」


 そうアメリアが叫ぶ。


 それで驚いた。


 流石、俺が子供のころからついてくれていたメイドさんである。


 俺の命の心配をしていたのだ。


「女神エーオストレイル様は神話によると、愛で人間の姿に戻り女性になられました! しかし、その間には幾多の皇家の始祖たる御方と愛の紡ぎあいがあったのです! その愛に支えられて、女神エーオストレイル様はあの強大な敵である五大邪神を退けられたのです! それを考えれば女神エーオストレイル様の勝利の為にも貴方と皇太子殿下との愛は必須! 今のまんまの愛ではとてもとてもと思いつつも放置しておりました! 今は違います! このままである事は恋の縁結びの神でもある女神エーオストレイル様の戦闘にも関わります! もっとご自分の現実に向き合ってください! 」


「……はい」


 長い言葉を一気に叫んで終わらせたアメリアを見て、俺も肩を落とした。


 どっちかってーと、命よりも女神エーオストレイルを勝たせる為と神殿で女神にお仕えする女官としてのプライドらしい。


 実は今や恋の縁結びの神様が最大の売りなのに、恋が実らないで俺が自決したら、売りが無くなるのだろうか。


 実際、皇国という国土を作り上げた神様なのに、縁結びの方が有名になっているあたりは、前世の日本の出雲大社に似ていたりして。


 その俺のしょげた姿を父のシェーンブルグ伯爵がすまなさそうな顔で俺を見ていた。


 マジでアメリアを止めれないらしい。


 それはヨハンだけでなく、姉も同じで困ったものである。


「それにしても、これほど大事な皇家の始祖様との神話の愛の話をどうやら、その御様子では本当にご存じないらしいですね」


 いらいらとアメリアが突っ込む。

 

 いやいや、10年近く側仕えしていて、それに気が付かない貴方もなんなんですけど……。


 と思っていたら、俺の顔を覗き込むように見ている。


「この衣装を皇太子様にお見せしたら神話の特別講義が必要ですね」


 アメリアがずーんという感じで圧力をかけるように言う。


 恋愛経験ないから、神話も恋の話とかあるんできついんですけど……。


「おお、なぜ、こんなところに? 」


 などとナイスタイミングで、皇太子と皇太子付きの武官のアレクシスが騎馬でこちらに向かってきてくれた。

 

「こんな所へ、どうなされたのです? ちょうど、我々は緊急の問題が起こって、シェーンブルグ伯爵に相談をと思い向かっていたのですが? 」


 そう皇太子が緊急時だけど、物静かな感じで声をかけてこられた。


「いえ、その娘の衣装を……その……」


 父のシェーンブルグ伯爵が言いよどむ。


 やはり、この緊迫しているような状況で言いにくいようだ。


 その時、普段は皇太子妃の立場で直接馬車の外とやり取りするのはとか言っていたアメリアが扉から俺を押し出した。


 慌てて、つんのめって下に降りる。


 でも、姉にいろいろと教わっていた事の中に馬車から降りる練習もあったのと、武術の訓練をしていたせいかふわりと降りた。


 そして、身体が覚えていたのか、勝手に動いてドレスの裾をもって皇太子に一礼していた。


「……美しい」


 そう皇太子が優しく心から言うように俺を見て呟いた。


 それで、またしても、俺も赤面してしまった。


 心臓がバクバク言っていた。


 本気で俺はどうかしてしまったのか、耳たぶまで真っ赤になっているのが分かる。


 照れ隠しで笑った。


 それが控えめに見えたのか、皇太子が少し赤くなった。


 それでちらっと見たらアメリアがぐっと親指を立てていた。

 

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