第5部 第2章 クオウの計画

「どうする? 」


 ジン国王が静かに顔をあげて聞いた。


 その顔は真っ蒼になっていた。


「いや、計画はそのままです」


「大丈夫なのか? 」


 ジン国王が平然としているクオウに聞いた。


「ええ、ツェーリンゲン公爵家の一族のものには我々から援軍を出し、彼らのお家復興を手伝うということで反乱を起こさせます。第二皇太子は幽閉されたままなので、今第一皇太子を殺せば次は第二皇太子になります」


「そんな簡単に行くか? 女神エーオストレイルが降臨しているのだろうが! 」


「ええ。でも、それも計画通りでしょう。その為に『封印師』たる私を呼んだのでは? 」


「しかし、そんなに簡単にパーサーギルの封印が溶けるのか? 」


「この間、御話しました通り、贄がいりますがね」


「その前に、あの戦争の歴史を一気に進めている皇太子妃が動いたらどうなる? 」


「ですから、皇太子妃に贄を献上させるのです。我々は狭隘地の近くで戦います。おそらく彼女はその狭隘地におとりを使って敵を誘い込み血で染めるでしょう。その血がどこに流れ込んでいるのか知らず」


「つまり、我々がわざと負けるというのか? 」


「いえ? ツェーリンゲン公爵家の残党が負けるのですよ」


 そうジン国王にクオウが声を潜めて話す。


 双方はすでに声があたりに聞こえないように近くに寄っており、この話をするために普段はいるジン国王の護衛すら遠ざけていた。


 女神エーオストレイルが降臨しているという話はまだグルクルト王国のものには知らせたくないのだ。


 それほど武威を誇る武神であり、ザンクト皇国の祖でもあり、ザンクト皇国の歴史そのものと戦うということになるからであった。


「だが、援軍を出すのであろう」


「ええ、陛下が強いうえに将軍として使われておりますが、出来れば、この国から消えていただきたいものを行かせようと思っております」


「奴をかっ! 」


 ジン国王の顔が少し興奮する。


「ええ、彼自身の判断は正しいのでしょうが、陛下に悉く逆らう男です」


「だが、言う事を聞くか? わしが命令したとて……」


 ジン国王がクオウの言葉に少し顔を曇らせた。


「大丈夫でしょう。もとはピュットリンゲン伯爵家と言えば本来はザンクト皇国の男爵家でした。ところが、転生者しか産まれなくなったばかりに、仕方なく転生者が後を継いだ事で、名目はグルクルト王国の目付として、グルクルト王国付きの貴族として昔々にグルクルト王国に移されました。地位こそグルクルト王国では子爵家になったとはいえ、格落ちです。だからこそ、ザンクト皇国への戦争の時は寝返って大暴れしました。その結果でグルクルト王国の伯爵家になりました。ピュットリンゲン伯爵のザンクト皇国への憎悪は本物ですよ。しかも転生者続きで、今の当主も転生者。それゆえヤマトと言う名も持っております。彼らにとって、ザンクト皇国は怨敵でありますれば」


 そうクオウが説明すると、ジン国王がうなずいた。

 

「そして、陛下のご懸念も終わります。現在のピュットリンゲン伯爵はそろそろ格から言っても将軍の中でも大将軍にあげるか、それとも公爵家か侯爵家として王国の王家に準ずる位を与えねばなりません。それでは、ジン国王に何かあれば、彼がグルクルト王国の政治の中核になってしまう……」


「グルクルト王国の中核にザンクト皇国出身の貴族がいる事と、ナンバー2は作らないというわしの考えに逆らうものになるな」


「そのために、我ら執政官という官僚を作らせたのでしょう。あくまで貴族は貴族として横並びでなくてはいけません。それが国王陛下のお考えのはず」


「だが、奴は切れる。まして転生者だ。その狭隘地を罠とする皇太子妃の考えを読むのではないか? 」


「それゆえ、私が補佐するつもりです。そして、あの皇太子妃の軍師としての器はなかなかのものだと思います。敵と敵との分断にカルトロップを使い、かなり訓練をしているのでしょう、包囲殲滅作戦への移行がスムーズだった。いささか、狂った兵士達を使いながらも、それをやってのけるだけの調練を行っています。彼らは十分訓練された動きをしておりました。だからこそ、間違いなく伏兵戦術を使い狭隘地に誘ってくるでしょう。ピュットリンゲン伯爵も優れている上に転生者な為に途中で気が付くかもしれませんが、そこは補佐の私が執政官としての権限と国王陛下の命令書を使い、ちゃんとツェーリンゲン公爵家の残党とともに狭隘地に追い込みパーサーギルを蘇らせる贄といたしましょう」


「だが、女神エーオストレイルが降臨しているのだぞ」


「まだ、今の皇太子妃の身体では、女神エーオストレイルでもパーサーギルには勝てないでしょう。良くて相打ちです。相打ちならば、その後パーサーギルを封印する必要もなくなります。それを見極めるために、私が皇太子妃の女神エーオストレイルの状況を調べたのです。もし、パーサーギルの方が勝ったとしても瀕死のはず。再度の封印は簡単です」


「本当だな」


「ええ」


「ならばいい。どちらにしろお前に任せるしかあるまい。女神エーオストレイルが降臨しているのだ。それを考えれば確かに非常手段でしか倒せまい。まさか、あの変態と言われた皇帝がここまでの事をしてのけるとはな……」


 そうジン国王が苦悩の表情を浮かべた。


「それで、これから、そちは即動くのか? 」


「ええ、第一皇太子は正式に皇太子になりました。今までの悪名がありますから払拭するために最初に動くと思います。だからこそ、この強行軍の数がありがたいのです。国境のザンクト皇国の城でツェーリンゲン公爵家のものが反乱を起こします。それで皇太子をおびき寄せるつもりです。間違いなく、即応できるのは軍隊として帝都に動いている皇太子の軍だけです。そして、国内は三公爵家のトップのツェーリンゲン公爵家が無くなり、ごたついております上に、その皇太子に敵対するツェーリンゲン公爵家の一族の反乱ならば、皇太子の責任感と皇太子妃の戦略眼ならば間違いなく討伐軍として即座に向かってくるでしょう」


 そうクオウが笑った。


「なるほどな。皇太子の事情と皇太子妃が優秀な分だけ釣り餌にかかるという事か」


「そうでなければ、わざわざ古の技である転移など使ってこちらに報告に来ませんよ。まあ、私だけしか移動できないし、移動できるのはグンクルト王国内だけですがね」


「でだ。もう一つだけ聞きたい」


「なんでしょう? 」


 クオウが真剣なジン国王を見て聞き返した。


「皇太子妃は本当に男の娘なの? 」


「ええ」


「それはぶっちゃけ男だよね」


「男です」


 クオウの即答にジン国王が納得できない何かを抱えたように黙ったままで首を傾げた。


 なぜ、男が皇太子妃にと言う非常に常識的な疑問に悩むジン国王であった。

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