【コンテスト版】簒奪王と星の姫

平本りこ

第一幕

0 神の囁き

 愛おしく哀れな末の息子。あの子はいつか、私が織り上げた世界に牙立てる。


 幾度も糸を紡ぎ直し、縦糸と横糸を入れ替え、運命を動かしてみたけれど、あの子が世界の破壊者となる未来は変わらない。それならばせめて、彼を止めるための強固な結び目を作りだそう。


 交わるはずのなかった二本の糸をより合わせ、一つの壮大な模様へと織り上げる。それは大きく堅く結ばれた、唯一無二の縁。


 人の子はそれを、愛と呼ぶらしい。



 大神が糸を織り世界を創造した時、四柱の神が生れ落ちた。


 空には星の女神セレイア、海には波の神オウレア、大地を統べるのは岩の神サレア。そして最後の一柱は世界創造の残滓より生れ落ち、姿を持たぬまま遥か北へと追いやられた。


 空と海と大地がこの世界を形作るように、三柱の神々は、決して分かたれてはならぬもの。三位一体となり、古くより信仰を集めてきた。


 しかし平穏な時代は、突如として終わりを告げる。岩の神サレアが人の子である岩の王サレアスに力を託し、姿を隠してしまったのだ。


 岩の王サレアスは神の化身であっても神そのものではない。生物は利己的な存在である。次第に彼の一族は権力を振りかざし、他者を抑圧するようになる。


 人の子は同族同士での戦いを繰り返す。空に血飛沫が舞い、海に亡骸が浮かぶようになる頃には、神はその力の断片を善良な人の子に託し、空の果てと海の深淵に隠れてしまう。


 それから幾星霜いくせいそう、人の時代が続く。


 やがて岩の王サレアスが討たれ、古くから連なる血脈が途絶えて久しい。統治者は幾度も変わる。新たな岩の王サレアスが立てば、もはや彼らは神の化身ではなく、その地位は名ばかりのもの。神より授かりし神具も色を無くし、人の世は神の威光を失った。


 時は経ち、三神信仰の最後の寄る辺であった神殿で内部抗争が起こり、神の国サシャは分裂。波の神オウレアより力を受け継ぐ波の御子オウレンが逃亡し、北方にオウレアス王国を建国する。


 対するサシャ神国は、名を聖サシャ王国と改めて、神の時代はここに終わりを告げた。


 それから六十年余りが経つ。神の指先により合わされた二本の糸が今、出会いの時を迎えようとしていた。

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