ビルの屋上は銀河

@o714

ビルの屋上では銀河が見られない


 サビ臭い外壁、剥がれかけなのに一向に修理されることはない。でも外に飯を食いに行くたび見るものだからほとんど気にならなくなった。階段を確かめるようにゆっくり上ってギィと金切り声を出す臨終間近の事務所のドアを開ける。いよいよとジャケットを放りだそうとして、待合室に人がいることに気づいた。


 壮年というより中年という感じ。男は髪の長さが気になるのか頭を掻きながら話し出す。

「昨日電話したんだが…」

「ええ、お聞きしましたよ。何か問題で?」

「分かるだろ?駅前のビルだ。あれだけは妻との共同所有でね。彼女のことだ」そう言って写真まで見せてきた。美しいというより可愛らしい。少し幼い感じが実に、たった一枚きりだが印象的アイコニックなツーショットだった。古典画みたいだ、醜男と少女。

「彼女ですか?今回はお見えになっていませんね」

「四年ほど前に」

「ああ…、それは失礼」

「失踪した」

「はあ」

「そこでだね。どうやったら彼女無しでビルを売り払える?」

「本人がいないと難しいですね。不明人届も出せないでしょうから」

「頼むよ。丁度ここいら全部が開発区なんだ」

「そうですね、高く売れます」

「そんなもんじゃない。天文学的数字だ」

 男は忙しそうに次回の約束日を決めてから、その丸っこい体から想像もつかないほど滑らかに部屋を出ていった。するとすれ違いざまにまた一人息急いて入ってくる。


「さっきの奴の、話を聞いても構わんかね」

「すみませんがどちら様で」

「ヤツの親族だ」

「申し訳ないですが、お話することは…」

「何だと。オレはあの娘の父親なんだぞ」

 私は彼が暴れ出す前に親族なら知っているだろう最低限の情報だけ教えてやることにした。

「とんでもない奴だ、あの子のビルを売りに出すなんて。娘はあそこが気に入ってた、この街で珍しく空が綺麗に見えるからって。屋上を改装してビアガーデンでもやろうと思ってたんだ」

 私は頷いた。

「なるほど。愚痴ならお聞きしますよ、別料金ですが」


 数日後、私は南国にいた。食品表示のように正確に言えば、南国

 大地主の義父を名乗る男は、事務所で会ってから日が空を一周回る前に捕まった。施工業者と大地主への脅迫まがいによって。まあ、相手に回したのが悪い。尊大な地主の方はというと、改修を言い張って工事を強行した、もちろん私の入れ知恵だが。すると現場作業員は面白いものを見つけてしまったらしい。壁に穴を開けて出てきたのは、身元不明の遺体が一つ。

 上司は事務所に警察が事情を聞きに来ると知って、おそらく税務関係だとでも勘違いしたのだろう、私にいとまを出した。

「これも新規開拓の一つだよ」

 

 そんな訳で、私の肥えていない目ではどうみても熱海にしか見えないリゾートに出張する羽目になった。熱い潮風が髪にまとわりついてベトベトする。ただ一つだけ気に入ったのは、夜空だけは真っ当に見られるというところだ。上司からの脅しまがいの報告の電話が切れると、私はホテルの最上階に上がり、日が落ちたのにまだしつこく粘る熱気をやり過ごすのに最適な場所を見つける、ビアガーデンだ。

 私はカウンターで泡を切るバーテンダーを呼び止めて注文したあと、良さげな席を見繕う。花火なんかを眺めながら楽しむために備えられたビーチチェアが、外に向かって並べられている。ほとんどは空いていたが、喧騒から少し離れた席には女性が一人静かに、だが周りを寄せ付けないくらいに凛と座っていた。後ろ姿だけだが、何故だか見覚えのある雰囲気だ。

 そうして思い至った私は、記憶の底にあるグラビアアイドル名鑑から一つ一つ、星を見つける様に照合していくことにした。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビルの屋上は銀河 @o714

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ