番外⑧〜湧出〜

※別視点となりますのでご注意ください。



エレメント保護地区の表向きの目的はサラマンド国内にいる未契約のエレメントたちを保護することである。


その実情は契約解除し廃棄されたエレメントの代わりを補充するための備蓄保管。


エレメントは体内にとてつもない量のマナを保有するが、ほぼ例外なく成人を迎える前に死に果て、肉体はマナとなりこの世界に還っていく。


無尽蔵かつ高濃度、加えて質が良いともなれば魔導士の的になるには十分であった。


理不尽とも思えるこの世界の仕組みに対し、彼らは特別な感情を抱くことはない。


この世界に危害を加えることもない。


ましてや魔導士に歯向かうこともない。


運命を受け入れているわけでも、諦めているわけでもない。


年相応の小児と変わらない人格を有している。


ただそれだけである。


成熟した精神を宿す稀有な個体を除いてはーーー。



「アゥ?!」


一人の少年が枯れた地面に転がる。


多くのエレメントたちが怯えた様子で見つめていた。


「あまり手間をかけさせないで欲しいのだがね」


その場にそぐわぬ煌びやかな鎧に身を包む金髪の青年騎士は、薄気味悪く笑いながら少年を見下ろす。


「ボクたちはモノじゃない!」


少年は顔を拭い立ち上がり青年騎士に向かっていく。


少年が彼の間合いに立ち入った瞬間、薄く張られたマナの障壁が少年を一瞬にして吹き飛ばした。


「ごく稀に現れるんだよ。君のようにそこそこ古株の成熟した自我を持った個体がね」


青年騎士はただ機械的に倒れる少年の元へ歩いていく。


エレメントたちは息を殺し震えながらその様子を見つめている。


「うぅ。ボクたちは悪くない」


青年騎士は少年の言葉を遮るように、這いつくばるその頭を踏みつけた。


「もちろんだとも。君たちは何も悪くない。君たちがこの世界の潤滑油だということはただの偶然であり、ただただ運によるものだ。そこに善悪などないのだよ」

「グ・・・ウゥ・・・」


青年騎士は頭を踏みつけたまま話を続ける。


「しかし、幸か不幸かという話をするならば君たちは幸運だといえる。魔導士と契約を交わし、保護地区を去っていったエレメントたちの方が余程不幸だろう。彼らは魔導士たちに毎日倒れ込むほどマナを吸われ続け、死ぬ瞬間まで使い倒されゴミのように捨てられるのだから」


更に力を込める。


「ウァァッ・・・!!」

「彼らにとってその一生は無意味と言って差し支えない。喜んでその環境を受け入れるものはそういないだろう。だが、その点君たちには与えられた明確な使命がある。この国の、世界の役に立つことができるのだ。それはとても幸せなことだと思わないかね?」

「シ、シメイ・・・?」

「尤も、一度契約してしまえば魔導士の了承を得ずに解消する事が困難であることもまた事実であり、それはとても手間がかかることではある。だから君たちがいるんだよ」


青年騎士は足を退け、鎧についた誇りを払う。


「さて。気は済んだかな?」

「アッ?!」


少年の髪を乱暴に掴み上げる。


「ようやく戦争も始まった。人に擬態する人形の戯言に付き合ってあげる時間はないのだよ」

「ボクたちをどうするつもりだ」


青年騎士は脅すように顔を近づける。


「君たちは知る必要のないことだ」

「気の遠くなるほど長い時間をかけて封印を弱めてきた。ご丁寧にも、この国の『大聖域セラフィックフォース』は他よりも遥かに結界としての効果が強い。だからこそ他から先に着手したわけだが」


青年騎士の視線の先には焼け焦げた森林の跡地。


「離せ!」


青年騎士は振り返ることもなく少年の拳を受け止めた。


「ふむ。ここまで威勢がいいのも珍しい。いや、貴族の家に似たような個体がいたか」


少年は涼しい顔の青年騎士を睨みつける。


「あああっ!!」


思い切り身体を捩り、青年騎士の掴む手を振り払った。


肩で息をする少年の無くなった右手から大量の血が流れ出る。


「無駄な足掻きは止めたまえ。君に勝ち目はないよ」


青年騎士は血の滴る右手を持ったまま少年に近づく。


「うわあーーー!!」


意を決し飛び込む少年の胸をいとも容易く手刀が貫いた。


「こほ・・・」

「済まないね。子供相手に私の剣を汚したくなかった」


少年を地面に払い捨てる。


布で手を拭く青年騎士は驚きを露わにした。


「これは驚いたな。君は成人まで生き延びることができたかもしれないね」

「お前の・・・言いなりにはならない・・・」

「ああ。そのことなら心配しなくていい」


青年騎士は息をするのがやっとの少年を見下ろし微笑みかける。


「君の代わりなどいくらでもいる。安心して死にたまえ」

「・・・そんなに生にしがみつきたいか。哀れな亡霊が」


その言葉を聞いた瞬間、青年騎士の目の色が変わった。


「・・・・・・」


横たわる少年の胸に大剣が突き立てられていた。


「言葉が過ぎるよ」


青年騎士は大剣を引き抜き血を払う。


少年の体が淡い光に包まれ、無数のマナとなって空へと昇華していく。


「だが、久しく忘れていた怒りという感情を思い出させてくれたことには礼を言おう」


天に昇るマナを見上げる青年騎士の脳裏に一人の男の姿が浮かび上がった。


「たかだか十数年。久しくもないか・・・」


青年騎士の見上げる先には、今にも雨が降り出しそうな黒く分厚い雲が広がっていたーーー。

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