第40話 グランド級


『一撃で終わりにしてやろう!!』


ベヒーモスの巨大な顎が襲いかかる。


突如、天から滝のような水流が降り注ぎ俺とベヒーモスを隔てるように分断した。


僅かに触れた水滴が幼龍の小さな翼を焦がす。


『ち。相変わらず舐めた水流だ』

『そうであろうな。我とお前は相反する位置に座する。尤も、我にとっては好都合この上ないがな』

『いつまでもその余裕面を晒せると思うなよ。やりようはいくらでもある』

『面白い。見せてもらおうか』

『言われなくてもな!』


ベヒーモスの小さな体が次第に巨大化していく。


「やれやれ。単なる力のゴリ押しではないか」

『うるさい! 不利属性を越えるにはこれが一番手っ取り早いのだ!』

「ははは! 単純なヤツよのぅ!」


大笑いするダニエラの後ろに巨大な影が落ちる。


まさに古の神霊ベヒーモス。


そう呼ぶに相応しい超巨大な漆黒龍の姿がそこにはあった。


「とんでもないマナだな。リヴァイアサンがいなかったら逃げ出してたかも」

『お前もとんだホラ吹きだな。怖くないと顔に書いてある』

「そりゃあなたがいますから」

『面白い。どう切り抜けるか見ものだ』


目を閉じ意識を内側に集中させる。


もっとリヴァイアサンとマナの波長を合わせる。


もっと俺のマナを重ねる。


濃度を薄め、振動数を抑え薄く引き延ばしたマナを何層も。


次第にリヴァイアサンのマナが自分の身体の中に巡り満たされていくのを感じる。


『これは・・・』


神霊との肉体共有。


異世界。人間では到底計り知れない程に超越した異次元世界の住人。


そんな存在とマナを重ねることなど普通はできないだろう。


この世界に生きる魔導士と異世界に生きるエイビーズでは、マナの質が根本的に異なる。


例えサモナーやソウルバインダーであっても呼び出すまでがその能力であり、その後は降臨したエイビーズの持つ性格や性質に委ねることしかできない。


優秀なサモナーであっても、狙ったエイビーズの召喚の確率が上がりダニエラ様のように、ある程度言うことを聞かせるくらいがせいぜいだ。


潔く認めることにしよう。


どうやら俺は普通から逸脱しているらしい。


「妾は夢でも見ておるのか・・・ あやつですらエイビーズと同調することなどできなかったのじゃぞ」

『馬鹿な。下等生物ごときが我らと同じ領域に到達するなど』


なんて清々しいんだ。


自由という言葉すら陳腐。


ただひたすら膨張していくような。


どこまでも際限なく解放されていくような。


内側から湧き出る無限のマナ。


なんて透明な世界なんだ。


これが神霊。エイビーズたちの世界。


『信じられぬ。もとより肉体という箱など持ち合わせぬ我らだが、今以上に自由を感じたことなど一度もない。お前は一体・・・』

「あまり長くは持ちません。さあ、終わらせましょう」

『まこと不可思議な生き物よ。よかろう。我の力存分に堪能せよ』


ベヒーモスの巨大な身体が黒いマナに覆われていく。


『下等生物などに使う代物ではないが、リヴァイアサンが相手とあらば話は別だ。滅べ!!』


ベヒーモスの口から全てを飲み込む黒炎が放たれる。


まるで世界を焼き尽くす業火。


咄嗟にマナの膜を張り、後ろで見守る仲間を覆った。


深呼吸し息を整える。


生命の湧水セフィロト


リヴァイアサンが天を仰ぎ咆哮を上げると同時に、大地から一気に聖水が噴き上がった。


周囲を激しく巻き込みながら、極太の水流は一瞬にして黒き業火と巨大化したベヒーモスをも飲み込み、まるで大地に根ざす巨樹のように天に向かい伸びていった。


轟音と共に噴き上がった激流は次第に収まり、辺りは静寂に包まれた。


しばらくして、空から虹色に光る聖なる雨が辺り一帯に優しく降り注いだ。


いつの間にか大地は虹色に輝く水溜りで満ちていた。


『久方ぶりにしては上々。此度は良き魔導士に当たったものよ』

「恐れ多いお言葉、ありがとうございます」

『寝ぼけたベヒーモスのヤツもこれで目を覚ますだろう。尤も、消滅させてしまったかも知れぬがな』


地響きのような咆哮を上げ、リヴァイアサンはその姿を消した。


「だそうですけど、チビ龍生きてますかね?」


ダニエラは呆けたまま立ち尽くしていた。


「さすがの妾もそこまでは見えんかった。お主、一体何者なのじゃ」

「これでも一応、最底辺のG級魔導士やってます」


皮肉を込め左頬をなぞってみせる。


「わはは! そんな階級聞いたこともないわ!」

「ある意味コイツのせいで国を追われたんです。一生言ってやりますよ俺は」


とは言ってみるものの、今は悪くないと思っているのが正直なところ。


まあ、こんなに証拠が揃っちゃ言い逃れもできないし。


「お主の父親の目が相当な節穴というだけじゃ。その魔導士としての潜在能力はもはや別次元と言ってよい。そうじゃのー。さしずめ伝説級グランドと言ったところか」

「グランド級・・・」


ナイスネーミング!


「・・・・・・」


ふと手のひらを見つめる。


グランド級かどうかは置いておいて、ダニエラ様も認めてくれているみたいだし少しは魔導士として誇っても良いのだろうか。


こんな俺でも・・・


いや、きっかけをくれたのは仲間だ。


皆がいなければ魔法の才が開くこともなかったかも知れない。


「すっごーい!! さすが私のヴィンセント♪」

「い、いきなり抱きつくなって!」

「えぇー! 何で?!」


思わずフランから距離を取った。


体温が上がってる?


ドクン。ドクン。


心臓がうるさい。


顔まで熱くなってきた。


「おーほっほっほ!! あなたはついにわたくしの旦那様に見放されたということですわ!」


ウキウキした様子でわざとらしくフランの前で高らかに笑うローズ。


「可哀想なとんがりメイジさんですねぇ♪」

「私のパートナーなのですから当然の反応ですね」

「二人まで!? うぅ。ひどいよぅ」


皆してフランを揶揄っている。


「ご、ごめん。そんなつもりはなかったんだ」

「・・・ほんと?」


涙目で上目遣いするフランに、心臓が一際強く鼓動し追い打ちをかけた。


恥ずかしくて顔が見れない。


「あ、ああ! もちろん?!」


なぜ疑問形になるっ?!


「ベヒーモスの姿が見えないね。やっぱり死んじゃったのかな。可愛かったのに残念・・・」


フランが哀しげにうつむくと、大地が激しく揺れ出した。


『勝手に殺すな!!』


水溜りの中から小さな龍が目の前に飛び出した。


残念。


生きていたのか。


『何だその嫌そうな顔は! フン! 下等生物ごときにやられる我ではない!』


やったのはリヴァイアサンですけどね。


それにしても、全身が焼け焦げ目も当てられない状態でよくそんな虚勢が張れるな。神霊としてのプライドだろうか。


「良かった! 生きてたんだ!」

『ゴロゴロ』


フランが言葉を発すると同時に、チビ龍は開かれたその腕の中に飛び込んでいく。


その顔ちょっとイラッとするな。


「まさか人間に恋したわけじゃないですよね?」

『当たり前だ。誰が下等生物のメスなんかに。ゴロゴロ』


こいつ・・・


「どうじゃ。腹は膨れたか?」

『さすが宿敵だ。癪だが満腹になった』


ベヒーモスの身体が淡い光に包まれ、光る文字のようなものが体中を取り巻いている。


焼け焦げていた傷もみるみるうちに治癒されていく。


すっかり元通りになったベヒーモスに唖然とする。


「治癒能力・・・ですか?」

「先にも伝えたが、此奴はあらゆるマナを吸収する性質を持つ。リヴァイアサンの攻撃も例外ではなかったということじゃよ」

「ベヒーモスにとってリヴァイアサンは相性の悪い相手だったはずです。倒せないはずは」

「お主は間違いなく倒したぞ。一時的に、じゃがな」


どういうことだ?


一度死んで蘇ったとでも言うのか?


「ベヒーモスを完全に消滅させるには、膨大なマナが必要じゃ。それこそこの世界中のマナをかき集めんと無理じゃ。とはいえ、瞬間的に許容量を超える刺激、つまり魔法を喰らえばいくら底なしのマナを持つ此奴でも一時的に行動が取れなくなるのじゃ」


おいおい。


それって不死身ってことだろ。


それなら初めから勝機なんてなかったってことか。


ダニエラ様は全部分かってて戦わせた。


勘弁してくれ。


これでも結構気を張っていたんだ。


しかし、そんなエイビーズを素知らぬ顔で平然と手懐けるこの人の召喚士としての能力。


・・・やっぱり五大賢者は恐ろしい。


「そういえば、ダニエラ様はもう『大聖域セラフィックフォース』に着いたって仰っていましたけど、あれはどういう意味だったのですか? 大聖典らしきものはどこにも見当たりませんが」

「だそうじゃ。お主の隠蔽は完璧ってことじゃな」

『当たり前だ。こんな小僧に悟られるようでは神霊は名乗れまい』

「え?」


ベヒーモスは口を大きく開き何かを吐き出した。


魔導書グリモワール・・・?」


よく見ると本は神秘的な光を帯び、徐々にそのマナ濃度が増していく。


「こ、これって」

「『大聖典』は此奴の腹の中にあるというこじゃ」


な、なんだそりゃ!


本当にこの人たち何でもアリだ・・・


「ま、とにかく。心配せずとも星護教団の目は十分欺けるということじゃな」


とりあえず、今は『大聖典』が無事ならそれでいいか。


色々ツッコミどころがあるが全部に反応していたらとても持たない。


「ほれ。食べたなら食後の運動じゃよ。そろそろ仕事する番じゃ」

『お前は本当に神霊遣いが荒い。分かっている』


ダニエラに促され苦痛の表情を浮かべるヘンリーをベヒーモスの前に寝かせた。


『これはまた美味そうなマナだ』

「冗談はいいんで早く治してくださいよ」


ベヒーモスは長い舌を伸ばして丸め込み、そのままヘンリーをまるっと飲み込んだ。


何やらモゴモゴと咀嚼している。


「・・・・・・は?」


突然暴挙に出たチビ龍に混乱したまま立ち尽くした。

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