第33話 束の間の和解


『その炎』


アテナは警戒した様子で白い炎を睨みつける。


「・・・本当にフランさんなのですか?」


ローズがフランに歩み寄ろうとした瞬間、白い炎がローズの魔導書グリモワールを消し去った。


「なっ?!」


なんだ今の。


強制的に魔法を消した?


マナ操作、でもないな。フランのマナからその痕跡は見受けられない。


彼女が魔導書グリモワールを顕現させているのがその証拠だ。


虚な眼差しでローズを見つめるフラン。


「ヴィンセントは渡さない」

「・・・え?」


思いがけない一言に俺たちは全員その場で固まった。


「渡さないったら渡さないーーー!!」


彼女を取り巻く白い炎が急激に激しさを増す。


「ちょ、危ないですわ!!」

「絶対に渡さないんだからぁ!!」


駄々をこねる子供のように両手を大きく振り回し白炎を撒き散らすと、炎は草木に飛び火し周囲を燃やし始めた。


『やめなさいよ! ノームズが焼け野原になっちゃうじゃない!』

「うるさい! 女神の分際で私に命令するな!」


おいおい相手は神霊だぞ。


神様に向かってそんな事言ったら死確定・・・


『あっはっはっ!! この私に向かって堂々とそんなこと言ったのはあなたが初めて!』


あれ? 思っていた展開と違う?


『あなた、名前は?』

「フランチェスカ・フェルノスカイ」


フランは半べそかきながらぶっきらぼうに名を告げる。


『面白いわねフランチェスカ。いいわ。懐かしいもの見られたし、あなたに免じて今回は引いてあげる』

「え?」

『ま、二人ともシルの友達としてはとりあえず合格かな♪』


アテナはウィンクしてみせると、今まで張り詰めていた緊張感が一気に解れた。


「全く。友達くらい自分で決めます」

『あら〜? その大事なオトモダチ候補を殺そうとして私を呼び出したのはどこの誰かしら?』

「じ、自分でも勢い余ったのは認めます」

『あの子たち、とっても優秀よ。きっとあなたを助けてくれる』

「余計な心配は無用です。それより戻るなら早く戻ってください。これ以上マナの浪費はしたくありませんので」

『え〜。呼び出したのはシルなのに〜』


シルヴァーナの鋭い眼光から逃げるように宙を舞い、ひらひら手を振るアテナ。


アテナはいつの間にか俺の横にいた。


『それじゃまたね。ヴィンセント♪』


柔らかい感触が一度だけ頬に伝わった。


え。


これってまさか・・・


軽やかにシルヴァーナの元へ戻るアテナの背中をぼーっと見つめる。


余韻を確かめるように頬をなぞる。


顔が燃えるように熱い。


「待ちなさい! このゲス女神ぃーーー!!」


背後から土煙をあげ、ものすごい勢いで駆けてくるフランとローズ。


『あはは! じゃね〜♪』


アテナは逃げるようにシルヴァーナの作り出した次元の裂け目に消えていった。


「くっそー! あんなヤツに先越されたぁー!!」

「ふふ。たかが接吻くらいで動揺するなんてだらしないですわねぇ」

「あんた顔真っ青よ?」


シルヴァーナはこちらに向かいゆっくりと歩いてくる。


「一件落着ですね。それでは気を取り直して参りましょう」

「あんたのせいでしょーが!!」

「あなたのせいですわ!!」


なんて強靭な精神力。


この子のメンタルはオリハルコンか何かでできているのかな?


「私だってキスを許した覚えはありません。まさかあんな暴挙に出るとは思わなかったのです。アテナはあとでお説教です」


悔しそうに頬を膨らませるシルヴァーナに、フランとローズの表情が一気に明るくなった。


「そうこなくちゃ! 話が分かるじゃない!」

「共通の敵ですわね!」


なぜか三人は手を取り合った。


ハンナは相変わらず失神したまま。


どういう状況なのこれ。


「さあ参りましょう」


一連の出来事を忘れるように首を振る。


やれやれ。またとんでもない魔導士が現れてくれたもんだ。


緊張が解れたらどっと疲れたな・・・


気を取り直し森を進んでいく。


森林の奥へ進むたびに周囲のマナ濃度は濃くなっていくな。


マナに比例するように植物たちの形態もその異様さを増している。


お世辞にも居心地が良いとは言えない。


正直早くここを抜けたいっていうのが本音だ。


「ふむふむ。島の入り口付近とはまた違った生態系ですね。興味深いです」

「ノームズの特殊な環境が生んだのでしょうね」


ビアンカとマルコは何やら周囲を観察しながら熱心にメモをとりながら歩いていた。


「勉強熱心なんだな」

「そんなことないですよ。ここは私たち外界の人間にとっては未開の地。今後のためにこの地を調査することも今回の任務に含まれていますから」


ビアンカは落ちていた不気味な形の花びらを手に取り、目の前でひらひらさせる。


「何だか魔界へ通じてそうな雰囲気よね。花も無駄にカラフルでなんか気持ち悪いし」

「そうですわね。独特というか個性的というか」


フランとローズはシルヴァーナの服の裾を掴み、辺りを困惑した様子で見渡していた。


「そうですか? とても綺麗ではないですか。ほら、この曲線なんか特に」


シルヴァーナは涼しい表情のまま、摘んだ花びらを目の前に持ってくる。


「ごめん。全然分からないわ」


もともと硬いシルヴァーナの表情が更に硬くなった。


悲しそうに肩を落とす。


「わ、わたくしは趣があって良いと思いますわよ! このうねり具合とか愛嬌があっていいですわよね!」

「分かりますか! この花はとても縁起がいいとされている幸福の象徴なんですよ!」


シルヴァーナは水を得た魚のように目を輝かせ、ガッチリとローズの手を握った。


幸福の象徴、ねぇ・・・


幸福というには随分悍ましい形をしていると思うんだが。


さすがのローズも笑顔が引きつっている。


「はぁ〜。それにしてもまだ着かないの? もう結構歩いてると思うんだけどなー」

「着きましたよ」


シルヴァーナは前方を指さしている。


何もない。


ただ異様な雰囲気の森林が広がっているだけだ。


「おにいちゃんだれ?!」

「うわっ?!」


突然、背後から子供に抱きつかれた。


「エ、エレメント? どうしてこんなところに?」


周りを見渡すと、木陰から何人ものエレメントたちがこちらの様子を伺っていた。


「族長。連れてきましたよ」


シルヴァーナはエレメントを気にする素振りも見せず、まるで独り言のように何もない前方に話しかける。


すると、空に亀裂が入ると同時に上から半球状に光が降り、突然目の前に古びた木造の大きな一軒家が出現した。


隠蔽魔法の類なのだろうが、一切の痕跡を残さない高度な技術だ。


「さあ。入りましょう」


シルヴァーナに促され警戒しながら家の中へ入る。


奥へ進むと、まるで何百年もの間放置された遺跡のように、びっしりと張り巡らされたつるに侵食されたドアが目に入った。


奥からとてつもなく強い魔力を感じる。


これだけの魔力でありながら一切感知できないなんて。


恐る恐る歪なドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開く。


四方を囲う棚に所狭しと並ぶ見たこともない古い書物の数々。


太古から時を止めたような古木で作られた机や椅子。


年季の入った家具たちの間から覗かせるつる


本当に遺跡の中に迷い込んだみたいだ。


この一瞬で幾重にも積み重なった長い歴史を垣間見た気がした。


「遅いわ。待ちくたびれたではないか」


大きな机でほのかに虹色に光る書物に目を通している女性がいることに、話しかけられて初めて注意が向いた。


「時間を守らないのは二千年前から変わっとらんな」


机の周りには、彼女の様子に興味を持ち長机に身を乗り出すエレメントたち。


彼らに守られるように、机に視線を落とす女性は何かを注視していた。


まるで森の精霊のように尖った耳。


年季の入った老木から作られた、鮮やかな飾り付けの施されたいかにも魔法使いが持っていそうな先端の丸まった木製杖。


そして何より目を引くのは、星屑のように煌めくその長い髪。


視線は確かに俺に向けられている。


だが、なぜか俺に話しかけられているようには見えない。


「いいご身分じゃな。のう、ガブリエル?」


全てを見透かすその微笑みに心臓が一際強い鼓動を打った。

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