第30話 神聖なるもの
その外観から明らかに普通ではない奇妙な感覚がひしひしと伝わってくる。
聞いたことのない怪鳥らしき動物の声。
生い茂る奇妙な形の植物たち。
「な、なんだか気味悪いね」
「怖いのか?」
「だ、誰が! このフランチェスカ・フェルノスカイに怖いものなんて」
「ならその震える手を離してくれないか?」
「それはムリ」
「お、おう」
相変わらず素直じゃないヤツ。
「恐らく孤島のどこかにノームズの王がいるはずですが、ここからは前人未到の未知なる領域。何が待ち構えているか分かりません。皆さん、気を引き締めて行きましょう」
ビアンカの言葉にフランたちの表情にもようやく緊張の色が見え始めた。
点在する孤島の持つ雰囲気はそれぞれ違いどれも異様なオーラを纏っているが、その中でもやはり、点在する孤島の真ん中に位置する一際大きな島が放つものは別次元だった。
真ん中の孤島の浜辺にアトランティスを停留させ、俺たちは警戒しながら島に足を踏み入れた。
周りにはさまざまな色のマナが宙を漂い、サラマンドや他の国にはない不思議な姿形をした動植物たちの存在も手伝って、異世界に迷い込んだような感覚に陥る。
ふと足を止め、景色から目を背けるように背中に背負うヘンリーの様子を伺う。
ハンナは不安な様子で見上げている。
「大丈夫だ。以前よりもずっと穏やかな表情でいる時間が増えた」
「ホッ・・・ 良かったですぅ」
「クララのおかげだな。さすがビアンカの友達だ」
先頭を歩くビアンカがこちらを振り返り微笑んだ。
「変人ですけど腕は確かですから」
それにしても、さっきから感じるこの感覚・・・
確かに薄気味悪い感じがするものの、同時にホッとするような感覚もある。
どういうことだ?
もちろんノームズなんて踏み入れるのは初めてだし見たこともない風景だ。
うまく言葉にできないけど、何だかこの島々のマナに歓迎されているように感じる。
「ぼーっとしちゃって。どうしたの?」
「いや、何でもない。なんかいい雰囲気だよな」
「どこが?! あなたってやっぱり変人よね。色んなイミで」
「わざわざ言葉にせんでいい」
先頭を歩くビアンカの背中を見つめる。
「ビアンカに惚れたとか言わないでしょうね」
「ち、違うって」
「どうかしらね〜。あなたって油断できないから」
「何だよそれ」
「だって、あなたってば私という超絶可愛いヒロインがいるというのに其処彼処の女に目移りするんだもん」
どうしていつも疑いもなく言い切れるんだ。
そもそも誰目線だっての。
そりゃ可愛いのは認めるよ。
分かってる。フランは可愛いし、なんならちょっとタイプかも知れない。
黙っていれば。
考えなしのところがヒヤヒヤすることもあるけど、表情はコロコロ変わるのは面白いし見ていて飽きない。
何よりその前向きな姿勢に元気をもらえる。
だけど、フランの過去を聞いてからはその好意を素直に受け取ることに抵抗を感じている。
俺の父親がフランも家族をめちゃくちゃにしたんだ。
受け取れるわけがない。
直接手を下したわけではないとはいえ、俺にはその血が流れているんだから・・・
あぁー。
どうしてこんなにモヤモヤするんだ。
しばらく悩んでいると、前の方から感じたことのないマナの波動を捉えた。
「待ったビアンカ。ちょっと止まってくれ」
「どうかしましたか?」
「何か来る」
「え〜。全然見えない」
眉間にシワを寄せ啖呵切ったように遠くを見つめるフランの目が怖い。
まったく。
この子の態度は本当に令嬢なのか疑わずにはいられない。
「出ましたねぇ! 必殺バケモノレーダーぁ!!」
「ダセェな!?」
ネーミングセンス無さすぎだろ!
ていうか誰も殺さないし!
「そういうハンナだって感じてるんだろ?」
「そうですねぇ。この感じ、たぶんエイビーズだと思いますぅ」
エイビーズとは、サモナーによって召喚される精霊たちの総称だ。
基本的にサモナーに召喚されたエイビーズは呼び出された時、一時的に契約を結ぶ事でその力を振るう。
精霊はこの世界とは異なる異世界の存在とされ、どのような精霊であっても神聖なものとされている。
精霊には様々な種類が存在するが、術者の能力や階級によって呼び出せる精霊も大きく異なる。
ある種の超能力である、先天的に異世界と繋がる力を持つサモナーは、その性質から四つの型の中で最も数が少なく、希少種と呼ぶ者もいるくらいレアな存在だ。
謎の多い型だが、魔導士と同じく精霊にも階級のような概念があり、術者の腕次第で呼び出せるエイビーズの規模も変わってくる。
より強いサモナーほどより強力なエイビーズを召喚できるというわけだ。
捉えた感覚が次第に大きくなっていく。
「な、何ですの?! この押しつぶされそうな重圧はっ!」
ローズはどんな状況でも凛としている強い精神力を持っている。
そんな彼女が恐れを感じるほどの存在。
フランもハンナも、ビアンカでさえも顔色が悪くなっていた。
重圧が更に大きくなっていく。
「く・・・」
さっきまで何ともなかったのにこの気持ち悪さ。
ただの精霊ではない。
まさか神霊クラスの・・・
『ピィ〜!』
鳥の、鳴き声・・・?
バカな。
このプレッシャーの中で呑気に鳴ける動物なんているはずがない。
いるとしたらそれこそ神か何かだ。
『ピィ〜!!』
重い重圧に抗うように、何とか顔を上げる。
「・・・マナ?」
頭上には、木の実ほどの大きさの緑色の球体がふわふわと浮いていた。
その淡い輝きは一瞬マナと見間違えるほど神秘的だ。
『ピィ〜! ピィ〜!!』
突然、それは俺の顔の周りを高速で回り出した。
あぁ、追っていたら目が・・・
「あなたがそこまで気にいるのも珍しいですね」
視界が混濁する中、透き通るような女性の声が聞こえてきた。
「ダメですよ。見知らぬ人に無闇に近づいては」
女性の声に反するように緑の球体は俺の肩にそっと落ち着いた。
「相変わらず言うことを聞きませんね。反抗期ですか」
ため息をつく女性。
「サ、サモナー・・・?」
「・・・なるほど。この子が気にいるわけですね」
ゆっくりと回る視界の中で、女性の妖艶な微笑みが咲き誇っていた。
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