第27話 要らぬお節介


広がる大海原を裂くように、巨大な戦艦アトランティスが突き進む。


嵐の前の静けさというべきか、重大ミッションを背負っているとは思えないくらい海は穏やかだ。


かえってそれが俺たちの緊張感を煽る。


「皆さん準備はよろしいでしょうか」


デッキに集まる『荒天瀑布カスケード』の面々を前にビアンカの高らかな声が響く。


「作戦は今朝ミーティングで確認した通りです。まず私たち『荒天瀑布カスケード』のメンバーで『虚構の狭間ヴォイド・ベルト』の交錯するマナの障壁を解除していきます。『大賢者の系譜グランド・ウィザーズ』の皆さんは解除されたらいつでも飛び込めるように備えていてください」

「ああ。任せてくれ」


障壁はどれくらいの厚さなのか検討できていない。


何度も失敗しているミッションだ。


そう簡単に突破できるほど薄くはないはず。


やっとの思いで解除し終えたところで全員が力尽きていては、肝心なノームズに上陸できる者がいなくなってしまう。


出来る限り人員を温存する。


妥当な判断だ。


「ハンナさんには私たちのサポートをお願いします。あなたの支援魔法は必要不可欠ですから」

「お安い御用なのですぅ〜!」


下手に手を出せば『荒天瀑布カスケード』の息を乱してしまう可能性もあるしな。


「ねぇねぇ。本当にビアンカたちだけに任せて大丈夫なの? 私たちも何か手伝った方がいいと思うんだけど」

「お馬鹿さんねぇ〜。わたくしたちにはわたくしたちのやるべきことがある。いざという時に動けなければわたくしたちの居る意味がありません。肩書きだけ立派なエセハイ・ウィザードさんは黙っていなさいな」

「誰がエセハイウィザードだ! 私は歴としたAランクだよ!」

「どうでしょうねぇ? 何せあなたはとんがりメイジさんですから」

「とんがり言うな!」


フランは荒ぶる獣のように喉を鳴らしている。


エセかどうかはともかく誇張しすぎなところはあるな。


「フランさんのそのお気持ちは大変ありがたく思います。とても励みになります」

「えへへ! どういたしまして!」


ビアンカはやり手だ。


もうフランの手懐け方をマスターしている。


フランは勝ち誇ったように俺たちの方を振り返った。


「何ですのその腹立たしい顔は」

「励みになるんですって♪」

「社交辞令に決まっているでしょう? そんなことも分からない単細胞さんなのですね」

「なっ?! 単細胞言うな!」

「うふふ。ニックネームがたくさんあって羨ましいですわね。愛されている証拠ですわ」

「確かに! たまには良いこと言うじゃない!」

「・・・・・・」


フランよ。


馬鹿にされていることに気付こうか。


「フランさんの言葉は不思議と元気になれますね。心の底に小さな炎が灯るような、包み込んでくれるような。そんな温かさがあります。きっと、彼女の使う魔法はその純粋な心のように美しいのでしょうね」

「そうなんだよな。本当に不思議だけど」


初めてフランの魔導書グリモワールを見た時に感じた。


直情的で喜怒哀楽が激しくて、思いつきで行動する事も多い彼女だけど、魔導書グリモワールは純粋な彼女の心を表しているように思える。


きっと魔導書グリモワールってのは自然とその人の成り立ちや歴史ってヤツを具現化するんだろうな。


「具体的にはどうするんだ? 俺たちが直接援護することはないかもしれないけど、一応聞いておいた方がいいかと思って」

「そうですね。具体的には、十人のグループを組んで列を作り一列ごとに解除を進めます。先頭列の十人全員で解除を試み可能な限り解除をしていきますが、ある程度のところで後方に待機する十人と交代、これをローテーションして繰り返します」

「余力を残した状態で交代するのがポイントです。これはゴールの見えない持久戦。他の列が解除している間に少しでも体力と魔力を回復してもらいます」


これだけ入念にケアしていてもゴールが見えない。


それだけ障壁が厚いということ。


「ビアンカとマルコはそれぞれ列のサポートをするって解釈でいいのかな?」

「私とマルコはローテーションの枠には入らず二人で回します」

「ふ、二人で?!」


ざっと見ても『荒天瀑布カスケード』のメンバーは百を越える。


ビアンカとマルコの二人のマナで数百人分に相当するってことなのか。


信じられない。


「ふふ。こう見えて体力には自信があるんですよ」

「まじすか。ちょっと意外でした」


ビアンカの柔らかい笑みに心が和んでいく。


癒し効果抜群だな。


そんな俺の幸せなひとときをぶち壊すようにマルコが鼻を鳴らした。


「フン。お前らごときが俺たちを案ずるなんざ百年早い。余計なお世話なんだよ」

「何よ! 心配して言ってるのに!」

「人の心配より自分の心配をしろと言っているんだ。そもそも与えられた役割が違うんだよ。余計な事に気を取られて失敗したらどう責任を取るつもりだ。お前たちにとっては陛下に認められたいだけの軽い任務かもしれないが、俺たちにとっては仲間の命と世界の解明がかかった重大な任務なんだ。遊び半分でいられては邪魔なだけだ。やる気がないなら失せろ」

「・・・何ですって?」


掴みかかるフランの肩に手を置く。


「これは失敗の許されないミッションだ。俺たちは俺たちにできる事に集中しよう」

「ヴィンセントはあんな言い方されて悔しくないの? ヘンリーはハンナの弟なんだよ? 大切な仲間の弟なんだよ? 遊び半分なわけないよ」

「もちろん俺だって嫌な気持ちがないとは言わない。でも、それと任務の遂行は関係ないだろ? 頑張りましたけどダメでした、では済まされないんだ」

「それはそうかもしれないけど・・・」


ハンナは悔しさに顔を歪めるフランに抱きついた。


「ありがとうフラン。大丈夫。私にはフランの気持ちはしっかりと伝わってるよ。だから、今は目の前のことに集中しましょう?」

「ハンナ・・・」


フランの肩にそっと手を置いた。


「大丈夫だ。ヘンリーも障壁も」

「うん。そうだよね」


突然、艦内に割れんばかりの警報が鳴り響いた。


「ビアンカ様!! この先に障壁が確認されました!! まもなく接触する模様です!!」


見張り役の魔導士の大声が魔力増幅器を通して艦内に響き渡った。


「どうやらお出ましのようですね」


前方に目を凝らすと、薄らと虹色に光る空気の歪みのようなものが目に入った。


ビアンカは軽く頬を叩く。


「さあ、未知なる持久戦が始まりますよ! 気を引き締めて参りましょう!」


ノームズの前に立ちはだかる強力な厚壁に向かい、戦艦アトランティスは真っ直ぐ突き進んでいった。

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