第26話 毒霧と穢化
「君たちは毒霧のことを・・・知るわけもないか」
クララの言葉にフランはそのまま倒れそうなくらい首を傾けている。
「世界の至る所で地上に漏れ出ている生物にとって非常に有害な霧。役目を終え活動停止したマナが一ヶ所に集まり、濃度が高まる事で発生する自然現象の一つで、霧を体内に取り込む事で腐敗や精神障害など様々な障害を引き起こすこと、でしたっけ」
「ほほう。よく知っているね」
俺が知るのは表面上の知識だけ。
少し前まで『聖域』や『大聖典』の役割すら疑っていた人間だ。
原理は理解していても、こうして症状を見るのは初めてだ。
「各地に点在する聖域は、もともとこの毒霧を中和もしくは蓋をする役割を持っている。世界に存在する『
「毒霧発生地点は各国に一箇所ずつ存在し、全部で五つ存在すると言われているわけだけど、その特徴からほぼ間違いなくノームズにも存在するだろう」
なるほど。『
ん? 仮に自然現象だとして、五箇所だけで賄えるものなのか?
濃度の濃い場所がもっと存在しても不思議じゃない気がするけど。
「君たちはシルフィードとオンディーヌの重要な任務を負っている。話しても問題ないかな」
クララが知的なメガネをクイっと上げた。
「ご存知の通り、才能ある魔導士はごく稀に『
「『穢化(えか)』・・・?」
クララの言葉で空気が一気に張り詰めた。
「『
「厄介なことに、この『
肉体変形。
自然から乖離。
それってまるで・・・
「まぁ、正確に言うとまだ戻った事例を確認できていないというだけで、実際は分からないんだけどね」
「注目すべきは、毒霧もまた長時間あるいは高濃度のものに晒される事で『
ちょっと待ってくれ。
それは
「まさか」
「そう。つまり現在、いや、はるか昔からこの世界に存在する魔物たちの正体は、元は人間の魔導士だった可能性が非常に高い。これもシルフィードの『大聖典』消失後に判明したばかりでまだ詳細は研究中ではあるんだけど、間違いないだろうね」
そんなことが・・・ 起こり得るのか?
魔物の正体が『
それくらい重要なことなのに、その存在すら知らなかった。
父上たちが話しているのも聞いたことがない。
「シルフィードの『大聖典』が無くなったことで『
『大聖典』が消えたこと以外、特に変わった事はなかったはずだけど・・・
大量の魔物の軍勢に襲われたことがあったけど、ウェンディが一瞬で片付けてしまったからなぁ。
・・・・・・。
魔物はゲイル山脈の方からやってきた。
ゲイル山脈の裏には『
『
そして魔物の正体は『穢化』した魔導士・・・
「世界各地に存在する『大聖典』は、毒霧だけでなく魔物たちを封印する蓋の役割も担っていた。その蓋が消えた事で封印されていた魔物が溢れ出した。これがシルフィードが魔物の群れに襲われた原因だ」
「ちょっと待って。じゃあ、その封印がなくなったって事はもしかしてまた魔物の群れが湧いてくる可能性があるってこと?」
「そういうことになるね。鍋の沸騰したお湯みたいなものさ。今までは蓋の隙間から水蒸気が漏れているだけだったけど、蓋がなくなる事で一気に広がり始めた、そんなところだろうね」
クララは横たわるヘンリーに視線を落とす。
「彼の肌に浮き出ている斑点は毒霧に晒された患者の症状と同じなんだ。このまま放っておけば間違いなく『
ハンナは慌ててクララの白衣を掴んだ。
「そんな!! 何とか助けられないのですか?!」
「残念ながら、根本的な治療は私にはできない。私にできるのは症状の進行を遅らせる事だけだよ」
「そんな・・・」
「ごめんなさいハンナさん。クララに治せないのは本人から聞いていました。けれど、私たちの任務の間に容体が急変する事も考えられます。そうなれば任務どころではありません。ですので、せめて任務中だけでも安全を確保したかったのです。そうすれば、私たちは『
「ビアンカ・・・ 」
ヘンリーは絶対に助けたい。
アリス女王の信頼を得るためにも。
何よりハンナのために。
ノームズ到達。この任務は何としても達成しなきゃならないんだ。
任務に集中するには後方の憂いは絶っておきたい。
ビアンカの采配に感謝だな。
「大丈夫。治すことはできないけど、今以上に悪化させない事だけは保証するよ。安心して任務に集中するといい」
「それじゃ頼んだわね。クララ」
「また心地良い嬌声を聞かせてくれればそれでチャラにしてあげるよ」
「もう無茶はしませんっ!」
「あははっ! 冗談だよ。今の君が怪我するところなんて想像できない」
「・・・もう」
クララは高笑いしながらビアンカの肩を叩いている。
なんかいいな、こういう関係。
「そろそろ戻りましょうか。任務を完遂するためにもしっかり休んでおかないと」
「そうですね」
「いつまでもここにいるとクララに患者用ベッドに縛り付けられそうですしね」
「それはいくらなんでも言い過ぎじゃ・・・」
振り返ると、クララは何食わぬ顔でロープのようなものを手にしていた。
「ん?」
「そ、それじゃよろしくお願いしますっ!!」
背筋が凍りついた俺たちは一斉に部屋から飛び出したのだった。
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