第25話 戦艦アトランティス


まるでどこまでも続いているかのように広がる機械仕掛けのデッキ。


海を掻き分け進む激しい波の音と風に乗る焼けた燃料の匂い。


「うおお! 素晴らしい! なんて迫力なんだ!!」

「テンション高くない? それ、私の役なんだけど」

「知るか! 戦艦アトランティスに乗ってるんだ! 今回だけは譲れない!」


・・・失礼。


でも許して欲しい。


だって、こんなの見せられたら男なら誰だってテンション上がる。


何しろ夢に見たオンディーヌ自慢の巨大戦艦アトランティス。


何度乗りたいと思ったことか。


まさか実現するなんて!


飛行艇が大好きな俺にとっては戦艦も飛行艇と同じくらいロマンの塊なのだ。


「ヴィンセント様は艦がお好きなのですね」

「そりゃあもう!! 戦艦の本はボロボロになるまで読み尽くしましたから!」


興奮してビアンカに詰め寄る俺の服を引っ張り、フランは確かめるように艦内の金属製の壁をノックする。


「そんなに面白いんだ。シルフィードでも熱心に飛行艇の話してくれたもんね。私も勉強してみようかなー」

「マジかっ?!」

「ちょっ!? 何なのいきなり」

「興味があるならオススメの本があるんだ! ぜひ艦について語り合おうじゃないか!」

「・・・・・・」


あれ?


「どうした? フランと話せたらきっと楽しいと思うんだが」

「その・・・ 手、離してくれると助かるかな」


気付けば両手でがっつりフランの手を握り込んでいた。


「ごめん」

「べ、別に・・・ ちょっと驚いただけ」


フランは恥ずかしそうに目を逸らした。


ドキッ。


え?


何ドキッて。


なんで俺が緊張してるんだ。


「とんがりメイジさんが勉強するならわたくしもですわ!」


フランを押し退け目を輝かせるローズ。


「本当か?!」

「当たり前ですわ! 旦那様の趣向を理解するのは伴侶の務め! やるからには海軍の運転技術を超えてみせます! そして知識を蓄えた暁には艦を一隻購入しハネムーンとして世界を巡る船旅と参りましょう!」


ご、豪快だ。


ローズなら本気でやりかねない。


でも、それはそれで楽しそうだ。


「ハンナを忘れてもらっては困りますぅ!!」

「ハ、ハンナも!?」

「当たり前ですぅ! 私は水の国オンディーヌの民! 水と共に生きる魔導士がそこのお子ちゃま二人に遅れをとるわけにはいかないのですぅ!」


これは大きくなってきたぞ。


いっそのこと海に生きる冒険者ギルドとして再結成しても・・・


「阿呆どもめ。いつまでも騒ぐな。男が全員こいつみたいだと思うなよ」

「なっ?! マルコ、まさかこれに何も感じないっていうのか?」

「当たり前だ。飛行艇も戦艦も人や物を運ぶ鉄箱に過ぎん。それ以上でも以下でもない」

「嘘だろ。こいつにテンション上がらない男がいたなんて・・・」

「あなたの見識狭すぎじゃない?」


フランに言われるとは。


「あはは。私は何となくヴィンセント様のお気持ちが分かる気がします。この戦艦アトランティスは我が国が誇る最大級の艦。小型艇はもちろん、軍艦や飛行艇も百機ほど格納できる空母の役割があるだけでなく、居住エリアも充実しております」

「収容人数にもよりますが、しっかりと準備をすれば数ヶ月は艦内で過ごすことも容易に可能ですよ。任務でなく観光用として使用するのもいいかも知れませんね」


フランのとんがり帽子がピンと立つ。


「それは名案! ビアンカは話が分かるわね! いつか皆んなでアトランティスを貸切にしちゃいましょ♪」

「おーほっほっ! 貸し切るくらいならレイノルズ家が買い取ってさしあげますわ!」

「アトランティスを?! ローズの家はどれだけお金持ちなのですかぁ?!」


ビアンカは完全に俺たちの心を掴んだ。


可愛くてノリが良いとか無敵すぎる。


「ビアンカ様。こいつらの悪ノリに付き合う必要はありませんよ」

「あなたは少し真面目すぎ。決して悪いことではないけれど、それではお互い距離を縮める事は難しいわ。互いに信頼し支え合ってこそ相乗効果が生まれ任務を遂行することができる。大事な信頼関係はこういう何気ない会話から生まれるものなのですよ」

「俺には時間を無駄にしているようにしか見えませんね。そんな暇があるなら少しでも多く鍛錬し己を磨くべきです」


マルコは自らの率いる小隊を連れ居住エリアの方へ行ってしまった。


「ごめんなさい。悪い人ではないのですが」

「いえ。不謹慎でした」

「私たちも居住エリアへ行きましょう。エリアには選ばれた医療魔導士たちも常駐しています。一人とても優秀な医療魔導士を知っています。彼女も今回の任務に同行していますので、任務の間は彼女にヘンリーさんを任せましょう」


ビアンカの案内のもと、俺たちは居住エリアの端にひっそりと佇む一軒家にたどり着いた。


ビアンカは軽やかにドアをノックする。


「開いてるぞ」


中からハキハキした女性の声が聞こえてくる。


「お邪魔しましょうか」


ビアンカの後についていくと白衣を着た女性の姿が目に入った。


細めのスクエア型メガネが何とも知的でシャープな印象だ。


「おー! ビアンカじゃないか! 元気そうで残念だ!」

「相変わらずね。久しぶりクララ」

「『荒天瀑布カスケード』と『水紋章アクアクレスト』のリーダーを兼任なんて大変だね。同情するよ」

「分かってるならたまにはそっちから連絡してよ」

「おいおい。こう見えて私だってそこそこ忙しいんだぞー?」


意地悪な笑みを浮かべるクララにむくれるビアンカ。


ビアンカってこんな顔するんだ。ちょっと意外。


「君がヴィンセント君だね。クララだ。よろしく」

「はじめまして」


握る手から自信が伝わってくる。


きっと凄腕の医者なんだろうな。


「あーあ。元気なビアンカなんて見ていてもつまらないなぁ」

「ど、どういうことですか?」


クララのメガネがキラリと光る。


「実はね。ビアンカはこう見えて結構無茶するタイプでさー、彼女がまだ新米の頃はしょっちゅう大怪我してその度に私が治療していたんだ。治療中にあげる彼女の嬌声ときたらこれがまた結構かわいくてね。特にふともも・・・」

「わー!! わー!!」


人が変わったように取り乱して俺とクララの間に割って入るビアンカ。


「そういうの言わなくていいからっ!」

「いいじゃないか。本当のことだもん」

「手術に集中しなさいよ! こっちは痛くて苦しくて大変だったっていうのに!」

「あはは! 患者を見るとつい愛おしくなっちゃうのさ! 重傷なほど治し甲斐があるからね! ほら、愛が強いと虐めたくなるアレだよ」

「あなた、相当人格捻じ曲がっているわ」

「安心したまえ! 私もそう思ってるんだ!」

「本当、相変わらずなんだから・・・」


是非とも話の続きを聞きたい。


「ごめんなさい。彼女、人を治せることに異常な喜びを感じる変人なの。根っからの医者というか何というか」


治したくなるというのはまだいいとして、虐めたくなるというのはちょっとジャンルが違う気が・・・


「ビアンカ。こんな人にヘンリーを預けて大丈夫なのですかぁ? 心配しかないですぅ」

「大丈夫ですよハンナさん。悔しいけれど彼女は医者としての腕は天才的ですから。本当に悔しいけれど・・・」

「あはは! いいよ〜もっと褒めて! 私は褒められて伸びるタイプなんだ♪」

「いいから仕事してよ」

「ちぇっ。つれないのー。はいはい分かったよ」


顔を歪めるヘンリーをベッドに横たえるとクララの目の色が変わった。


「これは・・・」

「どうしたの?」

「毒霧の影響が出ているね」

「毒霧・・・?」


一変したクララの真剣な表情に、それまで和気藹々としていた空気が一気に不穏なものへと変わった。

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