第18話 疑惑
俺たちは水色の葉をつける変わった木々に囲まれた森の中を歩いていた。
次第に町の喧騒も消えていく。
とてもじゃないがこの先に城があるとは思えない。
それくらいひっそりとしていて、周囲の薄暗さと森深さで余計に不安が募る。
「・・・・・・」
さっきから皆んな黙ったままだ。
フランもローズも顔にこそ出していないけど、ハンナに対して疑惑の念を抱いているのは確かだ。
そういう俺自身も全く疑っていないと言えば嘘になるし、何ならすでに俺の中で答えは出ている。
マナ感知により周辺のマナは把握済みだ。
しかしハンナと出会ったのも何かの縁。
仲間は信じたい。
とは言ったものの、この先に感じるマナは明らかに『大聖典』のそれだ。
一応警戒しているけど今のところ周りに気配もない。
前を歩くハンナの小さな背中を見つめる。
う〜ん。
この子がいきなり襲ってくるとも思えないしなぁ。
とりあえず、いざという時にすぐに動けるように備えておこう。
俺たちには土地勘もないし女王陛下に挨拶もしていない。
騒ぎを起こすわけにはいかない。
今はハンナに従っておいた方が無難だ。
全く会話のないまま、俺たちはそのまま歩き続けた。
小一時間ほど森の中を進むと、一筋の光が差し込む開けた場所に出た。
「あれ? ここってまさか・・・」
中央には神々しく光り輝く『大聖典』が安置されている。
的中か。
「なぁハンナ。俺たちの任務は女王陛下に謁見し交渉することであって『
「そ、それは・・・」
ハンナは口を噤んでしまった。
何か言えない理由があるのか。
「ヴィンセント! あれ!!」
「ん?」
フランの指差す上方へ目をやると、信じられない光景が飛び込んできた。
安置された『大聖典』を覆う光の少し上に、十歳くらいの男の子が浮いていた。
体の所々に斑点のような模様があり、意識はないようだが苦しそうな表情だ。
「ど、どういうことだ?」
ハンナは『大聖典』に背を向けるように俺たちの前に立った。
目尻から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「あははっ! 使えないと思っていたけどちゃんと仕事はこなせたようだね」
突如、聞き覚えのない声が響き渡る。
「誰だ?!」
黒い霧と共に、複数のエレメントと一人の女性が姿を現した。
女性は子供を褒めるようにうつむくハンナの頭を撫でた。
「私はネフィリム。星護教団の一員だ」
このマナは覚えている。
ゲイル山脈の時に『聖域』の方角から感じ取ったものだ。
同一人物のマナをどうして感じ取れなかった?
「どうやってここへ入り込んだ? 誰の気配も感知しなかったはずなんだが」
「今どき探知魔法が得意なんて珍しいね。でも残念。ここではその類の魔法は意味を成さないよ」
「何だと?」
百歩譲って普通の人のマナを感知できないならまだ分かる。
一般の魔導士はマナの量も質もそこまで個性的ではないし、そもそも『
しかし、エレメントはマナの保有量が桁違いに多いため、簡単に相殺されることはない。
加えて『
エレメントのマナくらい容易に感知できるはずなんだが。
「私たちとこいつらのマナは少々特殊でね。『聖域』から発せられるマナと同化させることができるんだよ」
「どういうこと?」
フランの威嚇する眼差しに見向きもせずネフィリムは高らかに笑う。
「あはは! やっぱりあんたたちは何も知らないんだな! 私たちのことも、エレメントのことも、この世界のことも!」
「あなた、先ほどから何を言っていますの?」
「死にゆく者に答えてやる義理はないな」
ネフィリムは後ろに控えていたエレメント二人を荒々しく掴み上げ、『大聖典』の前に差し出した。
それまで虚な瞳で脱力していた二人の目が怪しく光り、『大聖典』を加護している光の柱にその手を触れた。
そして光の柱とエレメントの腕が溶け合うように混ざり合う。
「きゃっ?!」
その瞬間、激しい光が弾け辺り一体を包み込んだ。
光が収まると、目の前はシルフィードの『聖域』と同じ状態になっていた。
「なっ?!」
ネフィリムの腕が『大聖典』のように光を灯している。
まさか『大聖典』を取り込んだというのか?
「ヘンリー!!」
ハンナは落下した男の子を何とかギリギリのところで受け止めた。
「さて。本当ならここで私の仕事は終わりなんだけどね。人使いの荒いバカのせいで今日は残業だ」
ネフィリムは俺に向かいゆっくりと指差す。
「危険因子にはここで消えてもらう」
「悪いが今の俺にはやらなければならない事があるんだ。その願いは聞けないな」
「勘違いするなよ。これは願望ではない。決定事項だ!!」
ドクン。
一度だけ、心臓が飛び出そうなくらい大きく鼓動した。
一気に血の気が引いていく。
身体に力が入らない。
くそ。こんなときに・・・
あ・・・れ・・・? ネフィリムの体が斜めに・・・?
ちょっとタンマ。
これは、まずい・・・
朧げに駆け寄るフランの姿が映る。
地面が近づいたと思ったら、俺の意識はそこで途絶えたーーー。
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