第17話 水の都
「討伐ご苦労だったな。無事で何よりだ」
ノーランド王は心から安堵した様子だ。
急に魔物の群れが現れたとなれば落ち着いてなんかいられない。
ましてや戦える魔導兵の少ないシルフィードだ。
毅然とした態度は崩さないけど内心は不安だったに違いない。
「しかし思ったよりも早かったな」
「俺たちは何もしていません。彼女のおかげです」
「いえ。私は役目を果たしただけですので」
ウェンディは恥ずかしそうに手を振る。
「それにしても、一体どうして急に魔物の群れが襲ってきたのでしょう?」
「うむ。それに関して現在調査しているが、まだはっきりしたことは分かっていないのだ」
「そうですか・・・」
あれだけの数の魔物がいきなり現れるなんていくらなんでも不自然だ。
変わった事といえばただ一つ。
『大聖典』が無くなったことだ。
無関係とは思えない。
おおよその予測はできるが、推測の域を出ない以上下手に発言して混乱させるわけにもいかないな。
「それでは、私はサラマンドへ戻りますね」
「そうだな。レギオンの目もある故、あまり長居していられないだろう。サラマンドと聖域のこと、知らせてくれた事に感謝する」
ウェンディは王に一礼し俺たちへ向き直った。
「本当はもっとお側でお守りしたいのですが、今の私の立場では少し難しいのです」
「レギオンリーダーともなれば色々あるだろうしな。その気持ちだけで十分だよ」
ウェンディの送る視線を追い振り返ると、フランは頬を膨らませてそっぽを向いていた。
「彼女の反感を買うのは賢明ではなさそうですしね」
やれやれ。
相変わらずだ。
ウェンディは微笑むと、真剣な眼差しでノーランドに向き直った。
「できる限り尽力しますが、丸く収めるにはシルフィードの協力は不可欠です」
「ああ。任せておけ。きっとヴィンセントたちが上手くやってくれる」
プレッシャーがすごい。
でも、戦争が起こるか否かは俺たちの手にかかっていると言ってもいい。
失敗は許されない。
それ以上に父上の好き勝手にさせるわけにはいかない。
何としてでも阻止してみせる。
「それでは私はこれで」
王の間を後にするウェンディの背中を見送った。
「さて、俺たちもゆっくりしていられない。早くオンディーヌへ向かおう」
「そうね」
「それでは参りましょう。飛行艇乗り場まで案内致しますわ」
父上と対立するということは、十中八九ヴィゴーと対峙することになる。
あの頃を思い出すな。
「ヴィンセント王子」
ノーランド王の呼びかけに振り返ると、王は拳を作りこちらに向けていた。
「頼んだぞ」
「最善を尽くします」
王の力強い握り拳とは反対に、少し頼りない握り拳で応える。
何としても戦争を回避しないといけない。
平和のためにも。
俺自身のためにも。
父上。
そしてヴィゴー。
全てがあんたたちの思い通りになると思うなよ。
ノーランド王に見送られ、俺たちは足早に王の間を後にしたーーー。
「すごーい! なんだか海の中にいるみたい!」
「そうだな。すごくリラックスできる。さすがは水の都」
フランに突っ込みをいれるのを忘れるくらい、その独特な雰囲気の街並みに目移りする。
「オンディーヌは、豊かな水源に恵まれた自然あふれる国で色々と見どころはあるのですが、最も特徴的なのは建国から現在に至るまで代々女王が治めている点でしょう。その背景から、建造物や文化はかなり特殊のようですわね」
「なるほど。さすがはローズ先生」
「何でも聞いてくださいまし。全てお答えしてみせますわ♪」
こんな美人が先生なら毎日でも講義を受けたい。
そして、かけてもいないメガネを上げる仕草が可愛い。
俺は立場上オンディーヌのことを深く知らないし、ましてや踏み入れるなんて初めてだ。
雰囲気もまたサラマンドと随分違う。
それは建物の色使いや装飾にもよく現れていた。
城下町には至る所に湖があり、水をイメージしたような真っ白の曲線が目を引く建物を水面に映す風景は、まるで本当に水の上に都が浮いているように思えるくらい幻想的だ。
何ていうか全体的に丸みを帯びた柔らかな印象を与える造りだ。
すれ違う人々も皆笑顔で温厚な印象を受ける。
とても戦争をしようとしている国には見えない。
そして、やはりここでもエレメントたちは笑っている。
やっぱりサラマンドが異常なんだ。
「女王陛下のいるお城はこっちです〜」
「あら。ハンナさんは土地勘があるのですね。もしかしてオンディーヌ出身なのですか?」
「そうなのですぅ〜」
「もう。水臭いではありませんか。それならあなたが説明して下さればいいのに。ハンナさんのほうがお詳しいでしょう」
「言ってませんでしたからねぇ〜」
いつものハンナらしいといえばそうなんだけど、どこか元気がないように見えるのは気のせいか。
ふと、ハンナに頼まれたお願いの事を思い出す。
「そういえば、ハンナの取り戻したい弟はどこにいるんだろうな? 星護教団は世界各地を巡っているんだ。もしかしたらオンディーヌにもいるかもしれないよな」
「そうね。ちょっと捜索してみる? 少しでも早くハンナの弟を助けてあげたいし」
フランの頭を軽く叩く。
「シオンも、だろ?」
「ヴィンセント・・・」
本来ならすぐに女王陛下の元へ挨拶に行きたいところではあるが・・・
なぜだろう。
ハンナの件を放っておくべきではない気がする。
「フランに賛成だ。女王陛下に謁見する前に少し調べてみないか?」
「ヴィンセント様が仰るのでしたらわたくしは構いませんわ」
「決まりだね!」
「い、いえ大丈夫ですぅ! 今は女王陛下に会うのが優先なのですぅ!」
ハンナは俺たちの前に立ち、大きなジェスチャーしながら飛び跳ねる。
実に可愛らしい。
「大丈夫ってあんた。大切な弟でしょ? 取り戻したくないの?」
「そうですわ。せっかくオンディーヌへ来たのですからせめて情報を集めるくらい」
「しつこいな! 大丈夫って言ってるでしょ! 余計なお世話よ!」
普段の彼女からは想像もできないくらい刺々しい声。
いや、それ以上にその険しい表情の方に驚きを隠せなかった。
「あ・・・」
「い、いきなりどうしたのよ?」
「い、いえ・・・」
人が変わったように取り乱したハンナにフランたちはたじろいでいる。
見るからにハンナの顔色が悪い。
「何でもありません。大丈夫ですから・・・」
「明らかに疲弊しているぞ。本当に大丈夫なのか?」
「も、もう〜! ヴィンセント様ったら心配ないですよぉ〜!」
ギクシャクした様子で必死に訴える姿はどう見ても不自然なのだが、本人がそこまで言うならあまり詮索するのもよろしくないか。
フランもローズも呆気にとられている。
「分かった。何か話したいことがあればいつでも言ってくれよ。俺たちは仲間なんだ」
「はい。ありがとうです〜」
ハンナの様子に不安を覚えながらも、俺たちは先導するその小さな背中についていくことにした。
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